「なんというか」
と
姫木 じゅんは言った。
「早いか遅いかの差でしかないよね」
シガレットケースから煙草を取り出す。タール重めのメンソール、じゅんの好みの銘柄だ。右手で口にくわえ、左手でベッドサイドのライターをさぐる。
「人の、生き死になんてさ」
じゅんのまなざしは正面、壁に貼られたポスターを向いていた。ポスターには春からの新作アニメ『魔法少女ミスティックエア』のキャラクターが躍っている。じゅんの背は反対側の壁だ。両膝を立ててベッドに座っていた。じゅんの左手はベッドサイドをさぐりつづけている。ピアニストのように五本の指は動くが、求めるものを見つけられないままだ。
じゅんは首を動かした。
ライターはなかった。
「はい」
いつの間にか、じゅんの目の前に
朝鳥 さゆるが立っていた。両手でライターをじゅんに差し出している。蒔絵飾りのついたパールグレーのライターだ。
「ありがと」
受け取ったじゅんだったが、しばらくライターを手でもてあそんだのち、「……やめとくわ」とベッドサイドに置いた。煙草もケースに戻す。
「量、減らすことにしたから」
「それって彼女――九鬼姫さんのことがあったから?」
「まさか。ただの気まぐれよ」
言っておきながら、数秒の沈黙ののちにじゅんは力なく首を振った。
「ごめん、ほんと言うと、その通り。さゆるに嘘はつきたくない」
「じゅん」
「九鬼……あの子、本当にいなくなっちゃったよ」
クラブ『プロムナード』の
九鬼姫こと
八幡 かなえの葬儀は、年明けまもなく行われた。
ちょうどこの時期、店は年明けパーティも終わって冬季休業に入っていた。店に限らない、九鬼姫にかかわる関係者全員が暇という、年に一度あるかないかの時期だった。
「あの子わざわざ、みんなの手が空くまで頑張ったのかもね。だとしたら、らしくない気を回しちゃってさ……」とはじゅんの言である。
葬儀の日はさすがにじゅんも悄然としていたが、覚悟はできていたのか翌日からは平素と同様に暮らしていた。さゆるとも愛を交わすし、食事も三食きちんと取る。それでも、九鬼姫の死はじゅんに少なくない影響を与えているとさゆるは感じている。
「人生、いつ終わるかわからない。でも確実に終わりは来る。だから、やりたいことはやれるうちにやっとくべき、って思うんだ。それでね……」
目で隣にくるように誘う。ベッドに腰を下ろしたさゆるに、猫のようにじゅんは身をすり寄せた。
「一度、あんたの高校に行ってみたい思って」
「えっ?」
「いいでしょ? 制服はあんたの借りてさ。丈ちょっと詰めれば大丈夫よ。さもなきゃ店にあるセーラー服着て、高校見学に来た中学生って設定にしよっか。あたしの見た目ならバレやしないって、どうよ?」
「どう、って」
口ごもるさゆるにたたみかけるようにじゅんは言う。
「誰も気づきゃしないよ~。あたしまともな高校生活送ったことないんだもん。さゆるが女子高生のあいだに体験してみたいんだってば、高校生活」
甘えたいのか、じゅんはさゆるの首筋に唇を這わせのである。
「それでさ、クライマックスは憧れのシチュエーションでプレイしよ?」
「プレイって何よ?」
「体育倉庫でエッチ」
「ちょっと!」
エロゲーとかの定番じゃんと笑うじゅんと、そんな定番知らないと言うさゆる、果たしてこの提案は実行されるだろうか。
・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*
夕日を浴びる自室のテーブル、置かれているのは紙袋だ。より紐の手提げつき、側面にはシーサイドタウンにある文具店のロゴマークが入っている。
「引っ越し先の専門学校の寮、一年目は桜花寮の部屋より狭くって」
と言って
七夜 あおいがもってきたものだ。九州には持って行けそうもないという。
「古紙の回収に出しちゃってもいいんだけど、どれも面白いからもったいないな、って思って。よかったらもらってくれない?」
鴻上 彰尋は紙袋に目を向ける。
「彰尋くんなら気に入ってくれそうなものばかり選んだから」
中身は書籍とマンガが数冊ずつ、手にすると本特有の重みがあった。
「邪魔になったら古本屋さんに売ってくれていいからね」
「そんなことしないよ。ありがとう」
帰宅して彰尋はため息をついた。
本当に、いなくなっちゃうんだな。
あおいが旅立つという事実を、あらためて思い知らされた気持ちだ。こうやって彼女も別れる準備をしているのだろう。
紙袋から中身を取り出す。
あ、これ知ってる。
すこし前に書店で見かけて気になっていたマンガが出てきた。現代の大学が舞台。ゼミで俳句を学ぶという一風変わった筋立てらしい。嬉しいことに全巻ある。ライトタッチの宮廷歴史小説も出てきた。これも記憶にあたらしいものだ。アニメ映画にもなった有名なファンタジー小説もある。日常系だけど不思議と哲学的と帯にうたったマンガも。
どれも読んだことのないものばかりだった。あおいの言うとおり、どれも気に入りそうだ。
大切に読ませてもらうよ。
「……?」
マンガとマンガの間に、薄い小型のノートが挟まっていた。表紙の隅が黄色く変色している。無題だった。
なにげなくめくってみる。
『四月×日
入学式もオリエンテーションもあっという間に終わっちゃった。
授業はまだはじまっていないけど、高校生活のスタートが待ちきれなくて、今日は下見をかねて学校に行ってみた。部活の仮入部はもうできるというし、のぞいてみようかな、ってくらいの気持ちだった。
やっぱり寝子高って面白い! いま学校には『らくがお仮面』って怪人が出没するって噂がながれてて……』
これって!?
慌てて閉じる。まちがいなくあおいの手書き、鉛筆書きでびっしりと埋めてあるではないか。
言うまでもないが日記だ。約三年前、高校入学当初の日からはじまっているらしい。
あおいさん、俺に読んでほしくて本と一緒にプレゼントしたとか……?
いや、ちがうな。
あおいならそんなサプライズはしない。読んでほしいのなら先に言うはずだ。それに本の裏表紙とノートの表紙は軽くだがくっついていた。おそらく本のあいだに挟んでしまって忘れていたのだろう。
読んでみたい。
強烈な欲求にかられた。
もしかしたら自分のことが書いてあるかもしれない。第一印象とか。
三年前のあおいの気持ち、みずみずしい感性にふれたもの、彼女の目を通した学校生活、どれも共有したくてたまらない。ふたたび表紙をめくりそうになる。
でも。
他人の日記をのぞき見るほど罪深いことはないだろう。プライバシー中のプライバシーなのだから。
絶対ダメだ。
彰尋はノートを紙袋に戻した。
でも、気になる。
いいや読まないぞ
紙袋を折りたたみ、椅子にのって本棚の上、簡単には手の届かない場所にとりあえずこれを安置した。
どうしよう。
いけないことほど、心を甘く誘惑するものだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。どうしていつも私のシナリオガイドは長いのでしょう……すいません。マスターの桂木京介です。
朝鳥 さゆるさん、鴻上 彰尋さん、ガイドへのご登場ありがとうございました。ご参加の際は、シナリオガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。
お待ち申し上げておりますー。
概要
一月のある一日を描くシナリオです。日常シナリオとして楽しんでいただけたら、と思っています。
なのでタイトルは私からの提案にすぎません。アクションをかける際のヒント程度に考えてください。
一応、テーマ直球っぽい内容をいくつか考えてみました。
・ちょっとしたドッキリを先生にしかける
・夜中なのにラーメン食べたい、ついでにアイスも食べたい……が、瞑想して耐えきった!
・無闇に貫徹にチャレンジ
・真冬の寝子島海岸で水着撮影会(※ただし撮影者も水着限定)
・お金拾ったし金欠だけどネコババなんてしないよ!
当然ですが、やってしまうのも自制するのもあなた次第です。どちらも面白いと思います。
それにこれは提案にすぎません。もっと波風たたぬ穏やかなもの(休日を寝て過ごすのだって、時間の贅沢な使い方という意味では『イケナイコト』かもしれません)でも歓迎です。
いっそ、「今日はなにひとつイケナイコトなどなかったぜ」というのもナイスだと思うのです。
もちろんシナリオガイドのお話にかかわる必要はまったくありませんので、お気軽にどうぞ。
NPCについて
制限はありません。ただし相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとはかぎりません。ご了承下さい。
※特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ登場できるよう最大限の努力をします。
以下のNPCだけは注意が必要です。
●八幡 かなえ
死去しました。
回想としての登場しかできません。今回は。
●北風 貴子
直前のシナリオで危険な目に遭い、最悪の事態こそ逃れたものの精神的なダメージを受けた状態にあります。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、元は恋人だったが今は敵組織の幹部! 等)を書いておいていただけると助かります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(申し訳ありませんが2シナリオ以内でお願いします)。
私こと桂木が書いたシナリオであっても、私は頭がぱーなのでタイトルとページ数を指定いただけないと内容を思い出せないのでご注意ください。
それでは次はリアクションで会いましょう。あなたのご参加をお待ちしています!
桂木京介でした!