ともかく一山乗り越えた、これが佐藤 英二の現状だ。
　共通テストが終わったのだ。
　自己採点の結果は、なんとか及第点だった。手放しで賞賛できるほどの高得点ではなかったものの、合格は十分狙えるゾーンにあった。ネットで調べたデータによれば、木天蓼大学法学部受験予定者のちょうど中央値くらいのようだ。教育学部に切り替えればもういくらか上になる。
　三度確かめた自己採点の結果を眺め、数字を頭に刻み込んでしみじみ思う。
　余裕のA判定ではないし、かといって冷や汗が出そうなくらいの悪い結果でもない、そのあたりがなんだか僕らしいな。
　ちょうどいい結果と英二は考えることにした。おごらず焦らずマイペースで二次試験まで続けられそうな流れだ。
　なので自己採点が終わって、本日夕方はオフを取ることにしたのである。昼間はしっかり分析と今後の計画の確認に務めたし、少しだけ頭を休ませたかった。
　野々さんとの話題にもなるし寝る前に少しだけ『TOS』をプレイしようかな？　うん、少しだけ。
　寮の自室に戻り、夕食まで、と決めて机の一番下の引き出しを開ける。
　ゲーム機が入っていた。箱詰めにして封印していたものだ。段ボールの匂いを吸い込み、パッケージから取り出していそいそとテレビにつないだ。
「ああ……」
　温泉に肩までつかったようなため息が英二の口からもれた。
　ゲームは『Tales Of the Sky』、略して『TOS』、昨年購入したものだ。トレカゲームをコンピューターRPG化した作品で、分岐や展開のバリエーションが豊富なのが魅力である。エンディングも数えきれないくらいあるらしい。
　起動する。流れだすのは勇壮な音楽、一音一音が血管に染みるようではないか。タイトル画面にロード画面、目にするだけで故郷に帰った気分を味わう。
　実際、英二が『TOS』のゲームから離れていたのはほんの一時期にすぎなかった。小閑を盗んではちょこちょこと遊んでいたからだ。だけど年明けからは封じていたのである。短い期間とはいえ、ずっと僧院で禁欲生活を送っていたような想いがあった。
　英二はこの時点でプロローグと序盤のクエストを終え、いよいよ最大の目玉にして人気の『人造人間ガーナック編』に突入していた。さまざまな能力をもつ少女型人造人間とときに敵対、ときに協力し、展開によっては味方陣営に引き抜いて共闘もするという物語だ。当然エンディングにも大きく影響する。
　といってもまだ本編ははじまったばかり、ガーナック二十四人衆のようやく三人目が出てきたあたりである。人気キャラのほとんどはまだ名前だけの登場で、グラフィックはおろか声すら表になっていない。
　しかしいくらもしないうちに、重要キャラが話に加わった。
　これが悠月由真か、けっこう気合いの入ったデザインだよな。
　コードネームは『Υ（ユプシロン）』、ガーナックの四人目だ。ボブカットに一重まぶたが特徴のスレンダーな少女、幸薄そうな容貌ながら腕から杭を発射するという物騒な敵である。攻略しようによっては仲間にできるらしいが、情報をすべてシャットアウトしている英二にはその方法がわからない。
　……。
　ゲームを進めるうち、だんだん不安になってきた。
　このまま由真死んじゃうのかなあ。
　どうも先行きは暗いようだ。英二の選択は、何度かあった彼女とのコミュニケーション場面のことごとくで失敗した気配である。和解の道はなさそうだ。惜しいことをした。敵としてはとんでもない戦闘力の由真だが、それだけに仲間にすれば頼もしいはずだから。
　どうしよう。
　ただ、悪いことばかりでもない。どうも選択制になっているようで、由真と敵対ルートに突入すれば、つづいて登場した四人目のガーナック『Τ（タウ）』ことターヤと接触し仲間に勧誘する展開に入ることができそうだったから。こちらは前髪で目が隠れた少女だ。
　ターヤはまちがいなく、前髪からまれにのぞく目が可愛い、って感じだろうな。
　ステータス画面を出したまま英二は腕組みした。
　でもターヤって、デザインはともかく戦闘力があまり高くなさそうなんだよなあ。
　ターヤは両手をアイロンみたいに熱して敵を焼き切るという能力の持ち主だが、動作も遅く、由真と比べるとまちがいなく見劣りがする。
　そういえばフィギュアも――。
　先日、玩具店『ハローニャック』に行ったときのことを英二は思い出していた。人気ゲームゆえか『TOS』はフィギュアも発売され好評を博している。完成度が高いこともあって、トレカもコンピューター版もプレイしないがフィギュアだけ買う勢もいるくらいだ。英二が売り場で検証した感じでは、由真のフィギュアはよく売れていた。だがターヤのほうはかなり余っていた。なお、一番人気はカーネリアンことコードネーム『Κ（カッパ）』のフィギュアだったが、英二がゲーム内で彼女と会えるのはまだまだ先のようだ。
　困ったな。
　英二は考えた。
　もしかしたら、共通テストの問題に行き詰まったときよりも考えた。
　由真とターヤ、どっちをあきらめるべきかな。
　できれば由真のほうがいいんだよなあ。
　両方仲間にするという展開は、どうやら望めないらしい。両方と敵対するという流れなら可能なようだが、さすがにこの修羅の道は選びたくない。
　オートセーブはあるが、手動セーブも地味に積み重ねてきたので、決定的な失敗をする前まで戻ることは可能だろう。
　しかしそうすると、数時間分のプレイがすべて水の泡と消えてしまうことになる。
　……数時間分？
　はっとして英二は時計を見た。思わず二度見する。
　なんてこったと言いたい気分だ。とうに夕食の時間は過ぎているではないか。そろそろ入浴も終えないと風呂すらないまま一日が終わりそうだ。
「受験生がこんなことでどうするんだよ」
　つぶやいて終了画面に進んだ。