イケナイコトカイ｜リアクション

イケナイコトカイ

　するりとウォルターは柚春の腕から逃れた。
「ごめんね、僕らしくないかな。ただ、僕はいつか柚春の期待を裏切ることになりはしないか、そんな気がふと起きて」
「やっぱり正式な交際はできない、って言い出すとか！？」
「よしてよ。そんな結論に急がないでほしい。ただ――」
「ただ？」
「ただ僕、かなりいい加減なところがあるからね。移り気だし、言ってることがころころ変わったりするし、一貫性、いや、誠実さという意味ではいささか不安なところがあるよ。客観的な話だけじゃなく、自分自身でもそう思うときがあるんだ」
　ウォルターはみずからの左耳、ピアスをしているほうの耳に触れている。視線は板張りの床に落ちていた。
「……だから柚春、いつか君に、僕は僕の弱さをぶつけてしまうんじゃないかって気がしてる」
　そうなる前に、と言いかけたウォルターの言葉が途切れた。
　彼を、背中から柚春が抱きしめていた。
「いいよ」
「えっ？」
「ワットの弱さ、僕にぶつけてくれていいから。受け止めてあげる」
　柚春はワットの背に顔をうずめる。今日のワットの背中は、かすかにシトラスの香りがした。
「だって、愛しあうって、そういうことでしょ？」
　僕はもう、ワットに憧れるだけの生徒じゃない。
　一方的に想いを寄せるだけの女の子でもない。
　いまはもう、ひとりの人間として彼を受け止めるパートナーなんだ。
　ウォルターの背、こわばっていた筋肉から、ふっと力が抜けたのを柚春は感じ取っている。
「ありがとう」
　柚春の手に自分の手を重ね、ウォルターは軽くタップした。
「こんなこと言うなんて疲れてるのかな、このところ色々あったからねぇ」
　柚春に向き直った彼は、いつもの優しい表情に戻っている。
「よかった。ワット、元気でた？」
「うん、と思うねぇ」
　あいまいな言い方をしているが、それこそ彼らしい肯定の仕方だと柚春は知っていた。
「なら、元気が出たついでに」いたずらっぽい笑みを浮かべ、なかばまぶたを閉じて柚春は彼にささやくのである。「ワット……いまから、イケナイコトしない？」
「えっ」
　ウォルターがたじろいだのは言葉の響きにだろうか。それとも、柚春の意味深な目つきにだろうか。
「ほら、いまならメアリさんもいないし……ね、ふたりきりでイイコトしよう？」
　誘うように身をすり寄せる。
「ワットだってしてみたいでしょ？　その気がないなんて言わせないよ」
　コトリと小さな音が立ち、ふたりは同時にその方向に目を向けた。
　洗い終わって立てかけていた泡立て器が倒れただけの音だった。
　だが柚春は飛び上がりそうになっていた。
　早くもメアリさんが帰ってきたのかと思った――。
　どきどきする。秘密をわけあうというのは、これほどに甘く背徳的なものなのか。
　ウォルターがもう少し、戸惑ったりどぎまぎしたりするのではないかと柚春は思った。
　しかし彼とて健康な成人男子、応じるのは早かった。