イケナイコトカイ｜リアクション

イケナイコトカイ

　やがてたどり着いた光景に綾花は息をのんだ。
「わぁ」
　と言ったきりしばし言葉を失う。
　公園は一面が緑の芝生、それだけでも嬉しいが、待っていたのは絶景だった。富士山が見える。箱根の山も。さらに南には相模湾だ。海の向こうに遠く見えるのは大島だろうか。ぐるりパノラマの光景は、咲き始めた菜の花に包まれている。
「素敵ですね。ここ、先生のとっておきの場所ですか？」
「とっておき……そうかもしれないね。少なくとも誰かと来るのははじめてかな」
　観光地ではあるのだろう。ちらほらとだが親子連れが見える。恋人同士らしき組み合わせも。
　私たちも、はたからは恋人同士に見えてるといいな。
　今日、見た目だけはちょっとだけ歳が近づけたかな？　高校生には見えないはず。
　中身ももっと大人になれたらいいのに。
「どうかした？」
「いえ、別に」
　珪さんに釣り合う私になりたい、そう考えていたなんて言いづらかった。
　ところが珪はどう思ったのか、
「ごめん。そろそろ昼過ぎになるね。うっかりしていた」
　とバスケットを持ち上げたのだった。
「ランチ、用意してきたんだ。買ったものだけど」
　ちょうど見晴らしのいい場所だ。芝生の上に彼は敷物を広げる。
　そうではなくてと言うのも変だろう。それにそろそろ空腹をおぼえていたのも事実だったので、
「ではお言葉に甘えて」
　ご馳走になりますと綾花は頭を下げた。
　バスケットの中身はベーグルサンドイッチとポテトサラダだ。
「お弁当がいる、って言ってくれれば私が作ったのに」
「それだとサプライズ感に欠けるだろう？　綾辻さんの手料理だったら最高だったけどね」
「本当ですか！？」
「サプライズどうこうって話？」
「そうじゃなくて、私の料理だったら、って話です」
「もちろんだよ」
　ポーカーのときのように珪は謎めいた笑みを見せて、「でもこれも悪くないよ」とベーグルサンドを取り出した。
「参道商店街の人気店で予約して買ったんだ。具はベーコンとアボカドにチーズ、こんがり焼いたオニオンも入っていて組み合わせがたまらないんだ。あ、そうそう、もしかしたら苦手かもと思って、アボカドのかわりにオムレツが入ったのも買ってあるから。つけあわせのポテトサラダも、和風テイストで気に入ってるんだ」
　富士山と海を交互に楽しめる場所でのベーグルサンド、悪かろうはずがない。香ばしいベーグルとジューシーなベーコン、香味も効いていて実に食べ応えがあった。
　この味、しっかり覚えておこうと綾花は心に誓うのである。
　彼と一緒に暮らすことになったときに備えて。
　いつか朝食に作ってあげたいから。
　まだ大学にも入っていないのに気が早いかも、という気もしたが、遠くない将来実現するとも綾花は信じている。

　ベーグルとともに温かい茶を飲んで、また手をつないで公園を散策して、綾花は珪とうっとりするような時間をすごした。貴重な、貴重すぎて短く感じられる時間を。
　もうこんな時間。
　時計に目を落とした綾花は思う。
　楽しすぎて、デートが終わるのが寂しい。
　もっと一緒にいたいのに――。
「日が暮れるのが早いですね」
「そうだね」
　帰ろうかと言った珪の声も、綾花の気のせいかもしれないが寂しげに響いた。

　帰路の車内、他愛もない会話の合間に、ぽつりと一言、綾花の心の声が漏れた。
「……卒業したらもう少し遅くまで一緒にいたいな」
「えっ」
　彼が聞き返した。
「あ、いえ、何でも」
　鼓動が早まるのを感じながら綾花は視線をそらせ、車の窓に映る自分の顔を見る。
　普段の自分よりいくらか年長に見える少女が、頬を赤くしているのがわかった。
　猫鳴館まで送ってもらって別れ際、深々と綾花は頭を下げるのである。
「珪さん、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
「また学校で」
「また学校で」
　いい夢を、と別れ際に彼は言った。
　夢の中でもデートしたいな、そう言っているように綾花には聞こえた。

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