さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
【調理場車両】

「いい匂いがする……」
　４時間目の学食前のような、漂ってくる料理の匂いを嗅ぎながら、志波拓郎は周囲を見ていた。
「でも……気味が悪い……」
　目の前には巨大な調理場があり、人間よりひとまわり大きい、豚の頭の『コックでろろ』が料理に勤しんでいるようだ。
（兄貴も、この列車のどこかにいるのかな）
　ふと兄の顔が浮かぶ。
「……兄貴ならどうするかな、多分、……観察する」
　よく見ると、コックでろろは１０体ほどいる。
　一番近くでは二頭のコックでろろが洗い物をしている。
　一頭は野菜を、一頭は鍋を。
　鍋を洗い終わるとコックでろろは、斜向かいにそれを投げた。
　布巾を持ったコックでろろが受け取り、すかさず拭き始める。
　ジャガイモを洗い終えたコックでろろが後ろにポイポイ投げていくと、ピーラーを持ったコックでろろがキャッチしては皮剥きをする。
　そういった作業が終わると、さらに隣に鍋や芋が投げられ。
「よく連携が取れてるな……」
　複雑な配置の中で見事に料理を進めていく豚たちの動きを見ていると、いつの間にか、隣にはほしびとの盗賊ティオレ・ユリウェイスがいた。
「はて、星幽塔に列車なんぞあったかねえ？」
　ティオレは、見た目ははまだ二十歳そこそこといったところだが、実際は既に８0０年以上も生きている。
　すっとぼけながらも、ここが星幽塔でないことはわかっているし、もっと言えば大変に切羽詰まった状況にあるということも、十分わかっていた。
「好きなように生きてきたし、まだ死ねないって年じゃないが……どっかの誰かの都合で、十把一絡げにまとめられて死んでいくってのは、どうにも気に食わないね」
　拓郎はティオレの想わぬ貫禄に驚きつつ、言葉を返した。
「……そう、ですね。何か出来ることが……あるはず」
「死ぬにしても、最後まであがいて戦って一矢報いてからだ。そのほうが私らしいってもんさ」
　

　御巫時子は、五十嵐尚輝先生と一緒にいた。
　尚輝のボサボサ頭の中から小鳥が出てきて、チチチ……とさえずっている。
　尚輝のろっこんだが、彼は無自覚のもれいびだ。
「鳥さん……何が起きているのでしょう？」
　時子は小声でその小鳥に話しかけたが、反応はなく。
「体が消えたりかすれたりする。これは……何が起きているんだろう？」
　尚輝は興奮気味に声を上げた。
　時子は周囲を見回して状況を把握する。
（このままだと尚輝先生の身が危ないですね）
「実験してみたいですが……道具がない」
　尚輝は壁を触ってみたり白衣を脱いでみたりしている。
　時子はコックでろろを気にしながら声をかけた。
「尚輝先生、端の方にいきましょう。実験道具があるかもしれません」
　尚輝の手を引いて守りつつ移動するのだった。
「あっ、この薬さじは実験に使えるかも」　
　巨大なスプーンを見つけた尚輝が声を上げた。　
「これですか？」
　スプーンに手をかけ、時子が尋ねる。
「大きいですね……運ぶのを手伝っていただけますか」
「はい。あ、尚輝先生あっちがよさそうです」　
　時子は周りを見て、安全そうな場所を探して移動する。
　隅に鍋の蓋が落ちていたので、危ないときは盾代わりにすることにした。
　