さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
＜──深淵へたどりついてしまったら、もう終わり。その後には何もない。みんな、早く逃げて！　わたしはもう……わたしはっ、数え切れないぐらいみんなを、寝子島の人たちを！　あやかしの人たちを！　たくさんの人たちを、傷つけた！！＞

　覚醒した滴の意思はある種のテレパシーのごとくに伝わった。増幅するどろでろろを介して、仲間たちにははっきりと彼女の意図が伝播した。ひとえにそれは、相互理解の極みとでも呼ぶべきものだったろう。

＜もう引き返せないよ。わたしはこのまま、こいつを深淵まで連れていく。やっと分かったんだ……ずうっと思ってた、わたしが悪かったんだって。わたしがママを不幸にして、わたしが周りを不幸にして……でもっ、違った！！＞

　どろでろろ、闇は青い輝きを内包しながら脈動する。それらに意思はないが欲求があり、微細な能力をもって宿主へ寄生し、周囲の環境を操った。滴に押し付けた絶望を増幅し、食らい、しゃぶり尽くした。深泥王と呼ばれるまでに膨張し強大化した。

＜全部、こいつが。こいつが……！＞
　囚われた滴の表情は複雑に歪んでいた。泣き笑いか、おどけようと試みて失敗したのか、自身と憎むべき相手への怒りが混同し内に渦巻いているのか。

＜あはは、わたしだって、死にたくはないよぉ。死にたくなんてさ。前はそれもいいかなぁって思ってたけど、今はさ。でももう、全部……遅いから＞

　彼女は儚くて、悲壮で、激昂を隠さず、誰も見たことのないほどにおびえた顔を浮かべていた。

＜みんな、逃げて。早く！　深淵はもう近い、すぐそこ。分かるんだ。わたしを呼んでる……こいつと一緒に、何もない死の向こうに……それがきっと、わたしへの罰だから──＞

「そんなの、ダメだよ！　滴さん！！」
　想花は歯噛みした。滴は目覚め、想花と視線も結ばれた。彼女はこちらを見つめ、一瞬くしゃくしゃに崩れてしまいそうになりながら、想花へ弱々しく微笑んだ。
　あと一歩。もう少し。しかし、遠い。手の届かないところへもう間もなく、彼女は行ってしまうのに。焦燥が想花を支配し、深泥王と仲間たちの攻防がやけにゆっくりとして見えた。
「絶対、助けるんだ。もう二度と、失わない……っ、！？」
　列車の車輪の鳴る音、機関室の轟音、仲間たちの声のかけあい、全ての音の中にあってはっきりと聞こえた。
　猫の鳴き声。パイプから抜け出し、乱れた毛並みを震わせた、二又尻尾の子猫だった。
「サニー！」
　想花が小さな身体を抱き上げるとサニーは居心地悪そうに小刻みに震えたが、不安げに二本の尻尾を想花の指に絡ませ手のひらの中に収まった。
　黒い瞳は闇の向こう、滴へと注がれている。
「ぼくが……」
　遠い。隔たりは永遠にも思える程だ。
「ぼくがサニーを、滴さんのところへ」
　仲間たちの必死の防戦をかいくぐり、たどり着かねばならない。しかし、あまりにも遠いのだ。自身とサニーを守りながら激闘のさなかを駆け抜ける算段を、想花は持たなかった。
「や☆　お困りかい？」
「え」
　その時だった。蠢くどろでろろに覆われた壁の中からひょっこりと、見たことのある顔が浮かび上がったのは。
「タイミングバッチリだったな。助けにきたゼイ！」
「し……志波さん！？」
　展望室で闇へと飲み込まれたはずの、志波武道であった。
　