さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
「……サニー」
　呆けたように見つめ、滴はつぶやくよう名を呼んだ。思考の理解が追い付く頃、瞳はいっぱいに見開かれ、大粒の雫がこぼれ落ちた。
「サニーっ！！」
　二又尻尾の黒猫は甘え下手で抱かれるのは好まないそうだが、この時ばかりは別だ。瞳から彼女と同じくぽろぽろと涙粒をこぼしながら、身を任せた。
「ごめんねぇ……ごめんねぇ、サニー。守ってあげられなくて」
　みい、と鳴く。
「痛かったよね。苦しかったよね。ごめんねぇ……わたし、守ってあげられなくてぇ……」
　声はなくただ、額を擦りつけた。
「みんな……みんな、ごめんねぇ！　わたし、みんなを傷つけた……わたしのせいで……！」
　涙と鼻水で顔中をぐずぐずに濡らして、白と黒の髪は乱れほつれて、かすれ声は半ばに儚く散りゆく。
　恵御納夏朝と恵御納夏夜が歩み出て、彼女の肩をそっと抱いた。ハルくんがその上から覆いかぶさり、嬉しそうに笑った。
　ロザリー・マルリアーヴは優しくサニーの頭を撫で、倉前七瀬は大切な人のところへ見事たどりついた小さな黒猫へ、よく頑張ったねと声をかけた。
　シオ・レイゼルオークとハルキ・イエハナは互いの無事を確かめながらに、滴へも労りの言葉を伝えた。その心が安らぐようにと祈りながら。
　夢宮瑠奈にアイオ・キャンドライト、喜矢武あいおは調子を合わせ、泣きじゃくる彼女と黒猫のために一曲披露した。
「みんな、ほんとうに……わたし……ごめんなさい……」
　滴はそうして絶えず尽きることなく謝罪を述べ、黒猫を抱いて泣き続けた。

　白猫が駆けてくると、灰白猫へ飛びついた。
「テオ様！」
「ミラか。ケガねぇか」
「はい、はい！　テオ様こそ、ご無事で……！」
　ミラの頭をぽんぽんとやって宥めつつ、テオは窓の外を眺める。機関部を失った車両は、餅々きなこが連絡を取ったことでやってきた牽引車両に引かれ、線路を逆走していた。今は霊界の空を飛ぶように走っている。深淵の境界たる暗黒はとうに見えなくなっていた。黄金色の空を、彼はしばしぼんやりと見つめた。
　きなこへ微笑みかけてから、三毛谷道哉はテオへ声をかけた。
「さて。どろでろろはどうなったかね」
　抱き合ったまま車両の隅で膝を立て二人きり、睦み合うようサニーへ言葉をかける滴を微笑ましく眺め、尋ねた。
「黒白の嬢ちゃんは助けた。後はあの闇の行く末だが」
「消えました」
　前足でそっと涙を拭い、ミラは告げた。
「ここが時の特異点でした。深淵特急は全ての闇を運び、戻ってくることはないでしょう」
　ミラの言葉に道哉はほうと深く息を吐く。どろでろろは霊界にとっても無視できない変事であり脅威であったのだ。
　飯綱雪はしみじみとつぶやく。
「独り身のまま、人生終わらずに済んだわね。やれやれだわ」
「大丈夫よ、あなた可愛いもの。そのうちいいヒトが見つかるわよ」
「だといいけど」
　慰めるヴィーゼ・ベルンスタインのやりとりが可笑しくて、みなは吹き出した。
　リズムを刻み車輪が踊る。啼くような風の音が響いていた。黄金色の空をひた走る列車はやがて霊界線・花緑青駅へと帰還を果たすだろう。
　みなは滴とサニーを振り返り、見つめた。別れの時が近づいていた。
　

このページにイラストを設定する