クリスマス。星ヶ丘に雪が降る。
　青と白で彩られた建物がさらに白く埋まる様は、それはそれは美しかった。
　ゆえに、そこには多くの人が集う。

　※

　「あたし、リリエルとこの服着れるの、すっごい楽しみだったの！」
　メリィ・ランページはにっこり笑顔で、リリエル・エーテライトの手をきゅっと握った。
　足元では昨日から降り続いている雪が、さくさくと音を立てている。
　はあっと吐く息は白くって、頬が赤くなるくらいに寒いけど、ふわふわの手袋をしている手はぽかぽかだ。

「メリィちゃん、すっごいよく似合ってますよ。かわいいサンタさんみたいです」
　リリエルは、メリィの手を握り返して微笑んだ。
　メリィは一瞬嬉しそうに目を細め、でもぶんぶんと首を振る。
「かわいいサンタさんはリリエルだよ！　帽子がもっふもふだもん」

　この服を一緒に買いに行くときに、お気に入りの服を着て、美味しいものを用意して、楽しいクリスマスにしようねと約束した。
　とはいえ、二人でいればそれだけで、十分楽しいクリスマスなのだけど！

「リリエル、今日のごはんはなぁに？」
「ほかほかのクリームシチューと、じゅわじゅわのチキンと、ふわふわなパンの下ごしらえが終わってますよ」
「わあっ、聞いただけでお腹すいてくる～。クリスマスケーキ買って、早くリリエルのおうち行こっ」


　真っ白な雪の上を、スキップするように二人は進む。もちろんずうっと手は繋いだままだ。

　※

　狙っていたクリスマス限定商品を無事購入し、ロベルト・エメリヤノフはご機嫌だ。
「胡乱路、今日は付き合ってくれてありがとう。おかげでいいものが買えたよ」
　旧友にそう言えば、胡乱路 秘子はおっとりと微笑む。
「わたくしこそ、こんな綺麗な雪景色が見られてよかったです」
　そう言って、秘子はスマホを取り出した。
「せっかくなので写真を……」とカメラを起動して、操作を誤ったのか、画面の中に秘子がマイクを持っている姿が映し出される。
「今の画像って、胡乱路が歌っているところ？　かっこいいよね。夢に向かって進んでるの」
　ロベルトの言葉に、秘子は「んふふっ」と笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます、エメリヤノフさん」


　※

「映画、面白かったですね。ラストがとても素敵でした」
　綾辻 綾花は、ほうっと感嘆の息を吐いた。
　早川 珪もまた、満足げにうなずく。
「うん、もとの小説もいいけどこっちもいいね。次作も楽しみだ」
　評判を聞いた綾花が読み始め、珪にも勧めた本だった。
　大人気ゆえの即映画化。ペア前売り券は綾花が購入したのだが『大人券二枚』ではなく『ペア券一枚』という選択をしたことが、珪を誘うとき以上に緊張したかもしれない。
「次は来年の冬って予告出てましたけど、公開はまたクリスマスあたりでしょうか。……珪さん、来年も一緒に見てくれますか？」
　綾花が、珪を見上げる。

「綾辻さんが僕でいいのなら」
　そう返せば、綾花ははにかみながら、でもはっきりと。
「珪さん『が』いいんです。私は、いつでも」
　そのまっすぐな眼差しに射抜かれて、珪は一瞬言葉を失った。
　コートにかかる雪を払うようなしぐさで手を上げて、しかしそうはせずに肩を抱く。
「ありがとう。じゃあ来年の予習に、新刊買いに行こうか」


　映画の公開に合わせた三巻の発売が今日。
　次の映画は二巻の内容。
　つまり、今新刊を買うということは……。
（次の次の映画も、一緒に見てくださるつもりなのでしょうか）
　そうだといいなと思いつつ、綾花は珪とともに、書店に向かった。

　※

「こんなに積もるなんて思わなかったな」
「ほんとに！　すごく綺麗ね」
　鴻上 彰尋が空を見上げた隣で、七夜 あおいははっと息を吐いた。
「妹さんと弟さんは、雪遊びができるって喜ぶんじゃない？」
　唇の前の空気を白く染めかたられた言葉に、彰尋は「どうだろうな」と苦笑する。
「寒いから部屋にこもりっきりかもしれない。帰って雪だるまが迎えてくれたらびっくりするけど」
「ふふ、それはたしかに驚くわね。雪だるま用のプレゼントも必要かも！」
　あおいはくすくすと笑った。
　もしかしたら、彰尋が雪だるまと向かい合っている姿を想像したのかもしれない。
　大きな青い目とピンク色の唇が、くるんと笑みの形になった。
　冬の寒さに染まる頬。つやつやと長い髪を彩るのは、白い雪の髪飾り。
　この後は一緒に猫カフェに行く予定だから、猫もあおいも、かわいい姿がたくさん見られるだろう。
（俺にはあおいさんの笑顔が、最高のクリスマスプレゼントだ）


　自身があおいのために用意した贈り物は、コートのポケットの中。
　それを渡したときに、今日一番の笑顔を見られることを祈りつつ、彰尋は今度、雪だるまの形をしたクッキーを、たくさん作ろうと考えた。

　※

「ペンダントつけてくれてありがとう。ワット」
　稲積 柚春は、胸に光るペンダントを見下ろして、呟いた。
「よく似合ってるよ。やっぱりこれを選んで正解だったねぇ」
　ウォルター・Bが微笑む。
「一目ぼれだったんだ。ワットと僕の目の色の石がついてるから」
「うん、とても綺麗だ」
　そう聞いた瞬間、柚春は顔がかっと熱くなるのを感じた。
（だってワットが、あんな目でペンダントを見るからっ……！）
　あんな――優しさにとろけてしまったような、砂糖と生クリームとチョコレートと、甘いもの全部を混ぜ合わせたみたいな、あんな目で。


「稲積？」
　ウォルターは心配そうに、顔を覗き込んでくる。
　たぶん、柚春の顔は赤くなっているのだろう。
　うまく返事も返せていないし、もしかしたらこの寒さの中で、体調が悪くなったと思っているのかもしれない。
（でも近い、近いよワット！）
　少し顔を動かせば、金と黒の前髪が触れそうな距離に、柚春はわずかも動けない。
　ドキドキと聞こえるうるさい心臓。
　それなのに、おでこにウォルターの手が触れる。
「冷えたのかなあ。熱が出たわけじゃなさそうだけどねぇ」
（出てない、出てないから離れて……）
　柚春は夜の始まりのような深い逢の瞳で、青空のごとく美しいウォルターの瞳を見つめたのだった。