【進路・受験】君等の道、未来のために｜リアクション

【進路・受験】君等の道、未来のために

まだ先の話だけれど

　稲積柚春は、いつもの通りメイドのメアリさんを訪ねるという名目でウォルター邸のチャイムを押す。
　封筒に入った専門学校や新たな検定の資料を抱えて。
　メアリが出てきて応接間に案内されると、ウォルター・Bが部屋に入って来た。
「あれ、どうしたのぉ？」
「えっと、その……ちょっと進路の相談に乗ってほしくて」
　忙しかった？　と上目遣いに聞いてみる。
　ウォルターは柚春の意図を読み切れなかったようで、すこし不思議そうな顔をした。
「そうだねぇ、時期的には忙しいよぉ。というか、家まで来なくたって進路のことなら学校でも聞いたのに」
「それは分かってるんだけど。【ウォルター先生】じゃなくて【ワット】に聞いてほしくて」
　それは柚春なりの区別というか、こだわりであった。
　ウォルターは時計を確認し微笑むと、ソファに座った。
「少しなら時間取れるから、聞くよぉ」
　柚春はぱっと顔を輝かせて、テーブルの上に持ってきた書類を広げる。
「これはまた……ずいぶん集めたねぇ。っていうかこれとこれ、同じじゃない？」
「う……焦ってた……」
　ウォルターはくすくすと笑った。
「ちょうどメアリが紅茶を持ってきたよ。まずは飲んで、落ち着いて。それからゆっくりでいいから、考えていることを話してみてよぉ」
　そう促されて、柚春は紅茶を一口。それから一つずつ話し始める。
「僕、未来って考えてこなかったんだ。引っ越しが多かったせいもあって、行った先にあわせてそれなりな何かをするんだろうな、ってくらいにしか思ってなかった。で、寝子島に来て――」
　ウォルターと出逢った。
「２年生からは一人暮らしにも挑戦してやっと落ち着いて……僕ははじめて未来のことを考えるようになったんだ。近くの学校の評判を聞いたり、ここから通えるところでできることを探したり……一人暮らしができるなら別の場所でだって生活できそうだって自信が持てた」
　ウォルターはしずかに相槌を打ちながら聞いている。
　その頷きが心地よくて。柚春の人生を肯定してもらっている気がして。
　柚春の話は過去から未来へと進んでゆく。
「知ってると思うけど、僕は紅茶やアロマ、香りの良い物が好きで、ちょっと詳しい。ただの特技だったけど、これを活かせないかと去年から勉強して……アロマテラピー検定1級に合格したんだ」
「頑張ったよねぇ。仕事にするかは分からないってあのときは言っていたけれど……」
「相談したいのはそのことなの。香りって、日本でもイギリスでも補完代替療法になって、医療ではないけどただ香りを楽しんで貰う以外にもマッサージとか付随価値がつけられるの。けど、これを使って何をしたいのかまでは、まだわからなくて……」
　ヒントになればと集めた書類たちへ、柚春は視線を落とす。
「……ワットが安心できる大人になるのは難しいね」
「まあ、焦らずに、だねぇ。ゆっくり探すといいよ。まだ１年あるわけだしね」
「進路が決まらないとき、こういう過ごし方がいいよ、ってアドバイス、ある？」
　意気込んで聞いた質問に、ウォルターが返してきたのは笑顔だった。
「ほら、また焦ってる。僕が思うに、そんなときこそ君の得意な香りの出番じゃないかなぁ？」