【進路・受験】君等の道、未来のために｜リアクション

【進路・受験】君等の道、未来のために

試験の日、雪の朝

「あ、雪……」
　綾辻綾花はかじかむ手に息を吹きかける。
　共通テストの日、寝子島は冬の白さに包まれていた。
　早朝の寝子電は試験を受けに行く学生たちの姿で溢れていたが、運行に遅れが出ているらしい。
　ホームで電車が来るのを待ちながら、綾花は昨日のことを反芻した。

　試験前日の寝子高の図書室。そこは綾花が図書委員として長い時間を過ごした場所であり、司書教諭である早川珪と出会った場所でもあった。
「こんにちは」
　綾花が顔を出すと、貸出カウンターの奥に座って本を読んでいた珪は、早春の花のように微笑んだ。
「綾辻さん。流石に今日は家で勉強をしているかと思っていたよ」
「緊張して少し不安になってしまって……珪さんに会えたら緊張が解けるかな、と思って来てしまいました」
　綾花の小さいころからの夢は「図書館のお姉さん」。
　木天蓼大学文学部への道は、その夢を叶えるための第一歩だ。
（大学に行ってほかの夢が見つかるかもしれないし、これからどうなるか分からないけど）
　誰もいないのを確認して、珪の手を握る。
「頑張ってきます」
「頑張って。応援しているからね」

　――予定より遅れてねこでんの車両がゆるゆるとホームに滑り込んで来た。
　座席は埋まっていたので、出入り口に近い場所に立つ。
　周りはみんな真剣な顔で参考書を開いている。
（……ドキドキして来た……）
　と、目の前で参考書と睨めっこしている少女の前髪に猫の髪飾りを見つけて、綾花はすこしほっとした。
「恵御納さん」
「あ、ごめん気づかなくて……おはよう、綾辻さん」
　恵御納夏夜は参考書から顔を上げて挨拶をする。ふたりは同じ猫鳴館住まいだ。夏夜は最後の１年だけだったからそんなに接点はなかったけれど、夏夜の趣味は写真撮影や読書、猫グッズづくりなどだから、猫好きで本好きな綾花との共通点はあったりする。
「猫、可愛いですね」
　綾花が髪飾りを指差すと、夏夜はすこしびっくりしてぱちくり。
「猫？　ああ、髪留めの……ありがとう」
「すみません、急に話しかけて。なんだか緊張していて」
「僕もだよ。雪が降っていたから早めに出てきたけれど、ねこでんのダイヤが乱れてて焦っちゃった」
　夏夜も木天蓼大学を受験する。目指しているのは芸術学部の写真学科だ。
　夏夜はもともとこの世界に存在していたわけではない。双子、ということになっている少女の別人格として存在していた自分が、ひとりの『夏夜』となったのは約１年前。別人格であった頃からの様々な経験や、主人格との交換日記のやり取りなどを経て、自分が良いと思う光景を写真等の形で残したいと思うようになったことが、受験の動機だ。将来はカメラマンなど撮影する仕事をしたいと思っている。
「……あ、また電車、止まっちゃいましたね」
　窓の外を見て綾花がつぶやく。
「試験の日に雪はやめてほしかったよ」
　そうは言っても自然現象は如何ともしがたい。
　せめてこの時間を復習に当てることにしよう、と夏夜は参考書に視線を戻す。
　一方、綾花は両親からもらったお守りを取り出し、握りしめた。
（頑張るよ、お父さんお母さん……珪さん）