少女は風の精｜リアクション

少女は風の精

　音の聞こえぬ水中のように、少女は空を泳ぎ宙を舞い、目指す彼の頭、黄金の髪をさがした。
　少女は風の精を自称している。名は晴月（はづき）、あわせて風の精晴月だ。
　明け方の草原のような碧（みどり）の髪、それよりは少し色の濃い瞳、透き通る白い肌、ティーンエイジャーのようにも、もっと幼いようにも見える顔立ち。たとえ晴月が空になく地を歩いていたとしも、現実離れした印象を人に与えることだろう。
　いつも白いワンピースの晴月だが、今日はそのうえに毛糸編みのカーディガンを羽織り、フェイクレザーのブーツを履いていた。
　――いたいた。
　目指す少年の姿を見つけた。ブロンドの三つ編み、高い位置から見下ろす格好だが見まちがえることはない。
　晴月は笑顔になった。いつだって少年は、晴月の笑顔のみなもとだ。
　飛んでいって彼の首に両腕をまきつけたくなる、顔を彼の髪に押しつけ、胸一杯に匂いをかいでみたくもなる。
　でも今日は。
　思いとどまるだけの分別も晴月にはあった。
　いっしょに遊んだりおしゃべりしたり、買い物したりできないからね。
　声だってかけちゃだめ。
　見るだけ、見守るだけ。
　学校のある日のラッセルが、どんなふうにすごしているのか、知りたい。
　邪魔はしないよ。ジュケンセイ、なんでしょ？
　さなぎがチョウチョになるような時期なんだよね。私がちょっかいだしたら、ラッセル、きれいなチョウチョになれないかもしれない。
　そんなのは、いやだ。
　だから晴月にかかる責任は重大なのである。軽々しいミッションではない。
「むん」
　決意とともに口に力をこめた。
　ごめんね、ラッセル。しばらく観察させてもらうよ。

　冬の青空って。
　独特だよなと桜井ラッセルは思う。指先がかじかむほど寒い日は特に。
　まっすぐに蒼くて、突き抜けるほど高くて透明で、どこまでもつづいているような気がする。
　見上げているだけで吸い込まれそうだ。ふわっと体が浮きあがり、青と一体化するような。
　……と、たたずんでるわけにも行かないな。
　いささか背を丸め気味にして歩きだす。
　今日の寒さはまたいちだんと厳しい。頬を紙やすりでこすられているような気分だ。

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