少女は風の精｜リアクション

少女は風の精

「待ってくれ！」
　と言った瞬間にはラッセルは飛び上がり、晴月の手首をつかんでいた。
　行かないでくれ。
　晴月、俺を置いて行かないでくれ。
「いまのまさか、別れの言葉じゃないよな！？　つぎ晴月と会えるのが俺の今際（いまわ）のきわで七十ウン年先だとか、そんなの俺、絶対嫌だからな！」
　ふいにラッセルの体が重力から解き放たれる。寒さからも。
　晴月がもう片方の手をラッセルの手に重ねたのだ。
「そんなこと言わないよ」
　晴月は微笑した。ただしどこか、大人びた笑みだった。
「ただね、私、導手（みちびきて）だって言われたことがあって――」
　ふたたびラッセルは風と一体化し、精霊晴月と手を取り合った。
　ふたりはワルツを思わせる動きで回転しながら、ゆっくりゆっくり空を昇っていく。竹と紙でつくった天灯のように。
　ごく簡単ながら、晴月は僧との一幕について明かした。
　晴月は神妙な面持ちだったが、ラッセルの第一声は「いいことじゃないか」だった。
「だって、晴月のこと、風の精霊のこと、知ってる人がいるってことだから。世界の迷子じゃないってことだから」
「そうか……そうだよね」
　迷いがとけたのか、晴月の声も体温を増した。
　ラッセルは思う。
　お坊さんが知ってる。しかも「珍しい」っていう以上、もしかしたら風の精霊って、神や妖怪の親類だったりするんだろうか。
　晴月は図書館で調べたらしいが、何の手がかりもなかったという。
「『導手』って、ラッセル意味わかる？」
「悪ぃ、俺にもさっぱりだ」
「さっき話してて思ったんだけどね。もしかしたらだけど、私には死ぬ人を導く役目があるのかも、って思った」
　怖いこと言うなよ、これがラッセルの頭をよぎった最初の言葉だ。
　でも口に出すのはとどまった。
　晴月だって、楽しい気持ちで明かした話じゃないはずだ。
「何か根拠があるのか？」
「死にそうな女の人に会ってね……」と言いかけたものの、晴月はそこで言いよどむ。「ごめん、この話、やめていい？　悲しい気持ちになるから」
　聞かせてくれ。
　ラッセルは言いたかった。
　でも晴月がつらいのなら、無理に語らせるのはよくないとも思った。
「わかった。話したくなったらでいいよ。話して楽になることもある。どうしても胸に秘めるのがキツくなったら声かけてくれ」晴月の手を握る左右の手に、痛くならない程度に力を込めた。「絶対だぞ」
「うん」
「ひとりで抱え込むのは大変だからな。文殊の知恵ってあるだろ、俺だけじゃない、千もいるから」
　共通の友人の名を加えたのは、晴月の気持ちを楽にしたかったからだ。
「そうだね。私、おぼえとくよ」
「忘れんなよ」
「忘れないってば。七十ウン年後だって」
「だからそれ心配になるから！　いきなりさよならはよしてくれマジでマジでっ」
　あははと声をあげ、晴月は水平になって手を広げた。
　もちろんラッセルも同じ体勢だ。
「じゃああともう少し、空の散歩をしてから寮に送るよ」
「おう、頼むぞ」
　晴月の右手がラッセルの左手とつながれている。
　しっかりとつながれている。

――『少女は風の精』　了

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あとがき

担当マスター：桂木京介
ファンレターはマスターページから！

　マスターの桂木京介です。
　桜井ラッセル様、改めましてリクエストありがとうございました！
　シナリオガイド公開まで、本当に長らくお待たせしてしまったことをお詫びします。

　私はプライベートシナリオではいつも、ボーナストラック的に長め（制限文字数上限ギリギリ）の個別メッセージを送るようにしています。だらだらととりとめのない内容ですが解説なんかも入っています。どうぞご笑納ください。

　それではつづきはコメント欄で！
　桂木京介でした！

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