もしもの未来の話をしよう｜リアクション

もしもの未来の話をしよう

　木天蓼大学キャンパス内のカフェテリアは、学生たちに人気の場所だ。
　当然待ち合わせに利用する者は多いが、桜井ラッセルが海道千里を見つけられなかったことは一度もない。
　今日も――。

「千、お待たせ～」
　カフェのテーブルでうつむく友人の肩を、ラッセルはぽんと叩いた。
「おぅっ、びっくりした！」
　振り返った千里は、集中して絵を描いていた……と思いきや。
　机上にあるのは医学部の分厚い教科書とレポート用紙。どうやら課題に取り組んでいたようだ。
　とはいえ開きっぱなしの鞄からは、スケッチブックが見えている。
　そして、微笑む目元には、薄らとクマが。
「千～また夜更かししたろ。だから医学の勉強しながら漫画描くの無謀だって」
　友人の向かいの椅子に腰を下ろし、ラッセルは呟いた。
　応援はしたいが、無茶はしてほしくない。
　しかし千里は「なにを！」と眉を上げる。
「そんなこと言うと、晴月がいなくて腑抜けてたラッセルの写真ばらまいてやる」
「俺のことはいいんだよ！　やるな！」
　瞬時に返すと、千里は声を立てて笑った。基本的に気のいい人間なのだ。
「それより千こそ年上の恋人にメロメロじゃん。社会人のスタイルよくてでっかい人」
「メロメロって……言い方！」
　古くねぇ？　と突っ込む千里の頬が、わずかに染まっている。
（背が低い反動でかっこいい大人の人に惹かれてんのかな？　ま、恋に盲目になってるとこ悪いし言わねーけど……）
　そう、そんなことを指摘はしない。でも赤い頬はしっかり記憶にとどめておこう。
　ラッセルは立ち上がる。
「いつものでいいか？」
「ああ。持ってきてくれるの？　悪いな」
「いいよ。レポート頑張ってるみたいだし」

　食事をとりに、カウンターへ向かう。
　いつものメニューを二人分。器用にトレイを二つ持って、席に戻り、ジュースを啜りながら、ふと、青空を見上げた。
（晴月かぁ……。どうしてっかなぁ……）
　ある日突然出会えた風の精、晴月は、ある日突然、姿を消した。
「さよなら」も「ありがとう」も「元気で」も言えないままで。
（一緒にいれたのは、夏から春までの半年か……）

　晴月と会えなくなってから、ラッセルは青空を、曇天を、鳥になって飛び回った。
　雨の日は、ただただ空を見上げた。
　姿を見せてほしい。「久しぶり」と笑ってほしい。「ラッセル」と呼んでほしい。
　そう、願って。

　勉強に手がつかなくなったラッセルを、千里はからかった。
　からかって、怒らせて、笑わせて――。
　全部ではないけれど、晴月不在の時間を埋めてくれた。

「で、お前好きな女いるんだって？　写真見せろよ」
「えぇ～？　んー……じゃあこれっ！　この最高の一枚を見せてやろう！」
　千里が、通りかかった友人と楽し気に話している。
（好き、か……。離れないと気づかないもんだな）
　もう一度、晴月に会えたのならば。
　美しい緑色を思い出し、ラッセルは目を閉じた。