もしもの未来の話をしよう｜リアクション

もしもの未来の話をしよう

「さっむ！」
　早朝。暖房をつける前の部屋で、稲積柚春は身を震わせた。
　冬である。当然日はまだ上っていない。しかし柚春は既に目覚め、顔を洗い、身支度を整えている。
（だって今日はワットと出かけるから！）

「ちょっと遠くに行ってみようか」と誘ってきたのはウォルター・Bで「早起きでも大丈夫？」と聞かれて「全然平気！」と答えたのは柚春だった。
　交際をしているのかはあいまいだ。
　いや、一緒に出掛けたりするという意味では付き合っているけれど、それがいわゆる『男女交際』なのか、どうか。
（大人のワットがこんな付き合いでいいのかな）
　と、柚春は常々思っている。そんな、お付き合い。
「……って、そういうことは考えない！　今日はデートなんだから」
　お気に入りの服を着て、ウォルターの迎えを待つ。
　ドライブデートである。

「ねえ、今日はどこに連れて行ってくれるの？」
「秘密」
「もう、さっきからそればっかり！」
　大きな声を出した柚春に、ウォルターは「ハハハ」と笑った。
（運転してるワットはかっこいいって思うし、車の中は二人っきりだし、楽しくないわけじゃないけど……）
　運転席のウォルターと、助手席の柚春は、それ以上の距離を縮めることはできない。
　それが、ちょっとさみしい。そう思うのは、相変わらず保留にされたままの関係性のせいだろう。
（本当に、ワットはどう思ってるんだろう）
　本当ならウォルターに触れたい手を握ったり開いたりしながら、運転席の横顔を見つめる。
「どうしたの？」
　聞かれ、ふるふると首を振る。ウォルターはふっと息を吐くと、左手をハンドルから離して、柚春のほうへと伸ばしてきた。
　大きな手が、太腿の上に置いた柚春のそっと手を握る。
　そのまま彼は、柚春の手を、自分の太腿の上へと運んでいった。
「ここなら大丈夫」
　手をハンドルに戻して、ウォルターは平然と運転を続けている。
　だが柚春は、太腿を見下ろしたまま、固まったように動けない。
　そのうちに、渋滞にはまり、車が止まる。
　ウォルターが、柚春を見た。
「触りたかったんじゃなかったの？」
「運転してるのに、なんで、気づいたの？」
「わかるよ。柚春のことだから。いや、違うな。わかりたいと思ってるよ。柚春のことは」
　柚春ははっと顔を上げた。
　と、ウォルターがにこりと笑い、腕を伸ばしてくる。
　指先が柚春の頬に降れ、顔が近づいてくると思った瞬間。
　かすめるように、唇を奪われた。
「う、運転中っ！」
「大丈夫、ちゃんとサイドブレーキ引いたから」
「そういうことじゃないよっ」
　頬を染めた柚春が、ウォルターの太腿をぱしぱし叩く。
　その耳に、低い声が。
「卒業したら、もっと……ね」
「ワット！」
　柚春はもう完熟トマトのように真っ赤になっている。
　とはいえこれは、ドライブデートの行きのお話。
　今日のデートは遠くまで。帰りは夜遅くの予定だ。