もしもの未来の話をしよう｜リアクション

もしもの未来の話をしよう

　寝子高を卒業し、寝子島信用金庫に就職して三回目の秋。
　冷たくなりつつある風に髪をなびかせながら、森篠琳子はふっと息を吐いた。
　右手を、平らな下腹部に添える。
（高校生のときは、自分がこんなに早く結婚するとは思わなかったわ）
　就職と同時に付き合い始めた秋沢覚にプロポーズされたのは、去年。
　結婚式はまだ先だと思っているうちに、一週間後に迫っている。
　おかげで今は、仕事や挙式や引っ越し準備で大忙しだ。
（それなのに、なんでここに来てしまったのか……）

　寝子高の校門を通り、かつて毎日通っていた校舎へと向かう。
　卒業後、ここに来たことはない。それなのに、今日なぜか足が勝手に向かい、今こうして廊下を歩いている。
（単に懐かしさから……なのかな）
　それとも、マリッジブルーになっているのか。
　ぼんやり校内を歩いていると、家庭科教室から人の話し声が聞こえた。
（部活かな？）
　なんとなく中を覗くと、そこにいたのは早川珪と生徒たち。
（えっ、早川先生が顧問なの？）
　それは意外と思いきや、廊下に漏れる声は「先生頑張って」「大さじはそれじゃないよ先生」などなど。
　首を傾げつつ見ていると、ガラス越しに、珪と目が合った。
　ジェスチャーで、中に入ってと言われたので、その通りにした。

「こんにちは、森篠さん。久しぶりだね。どうしたの？」
「先生こそ……どうしたんですか、こんな」
　散らかっている作業台の上に目を向ける。
　珪は「まあちょっと、練習をね」と呟いて、鍋の蓋を開けた。
　そこには野菜の煮物がほこほこと煮えかかっている。
「先生、材料まだ余ってるよ。こっちは使わないの？」
「うーん……」
　生徒の言葉に、珪は首を傾げた。
　慣れないことをして疲れたというのがわかる素振りだ。
　とはいえ残りを持ち帰っても、本人が困るだろう。
　そう思ったら。
「なにか、作りましょうか？」
　琳子は自然にそう口にしていた。
「それはありがたい。頼むよ」
　言われ、適当に炒め物にする。
　捨てるにはもったいなく、メインを作るには足りない食材でささっと作ったものだが、珪も生徒たちも「美味しい」と言ってくれた。
「先輩、いいお嫁さんになるでしょうね」
「……なるんです。１週間後」
「えっ、そうなんですか！　おめでとうございます！」
　結婚に夢見る彼女たちが盛り上がっている横で、珪は微笑み告げた。
「結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
　無意識にお腹に手をやると、生徒の一人が「もしかして」と琳子を見つめた。
「……先日、妊娠3カ月目と言われたんです。来年の5月には新しい家族を迎えることになります」
　生徒ではなく、珪に告げる。
「それはさらにおめでたいね。初めて尽くしで大変だろうけど、頑張って」
「ありがとうございます。精一杯、私たち幸せになります」
　生徒たちの拍手に包まれ、珪に笑顔を向けられて。
　琳子は、自分が幸せなのだと実感した。

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