もしもの未来の話をしよう｜リアクション

もしもの未来の話をしよう

「想花さん。想花さんが表紙の雑誌見たよ。今回も素敵だったね！」
　親友・川上紗櫻都の声に、大学の課題に取り組んでいた月原想花は顔を上げた。
「ありがとう、紗櫻都さん。表紙はちょっと恥ずかしいけど、紗櫻都さんがそう言ってくれるのは嬉しいよ」
　にっこりと笑顔を返す。
　紗櫻都は「私も嬉しい」と言いながら、想花の隣の椅子に腰を下ろした。
「いつか、想花さんの髪をカットさせてほしいな。ｍamanに独り占めはさせないんだから」
「独り占めって……ぼくの髪は、そんな大したもんじゃないよ。あっ、でもクレマンティーヌさんのおかげで、仕事につながったから、すごく感謝してる。大したことないって言ったのは、あくまでぼくの髪のことで……」
　変な言い方をしてしまった。焦ってごにょごにょと言う想花に、紗櫻都はふふふと笑った。
「大丈夫、わかってる。私もmamanも」
「ありがとう」
　想花はほっと息を吐いた。
　今お世話になっている紗櫻都さんの家の人は、みんな優しい。
「それにしても、あのときのヘアモデルをためらってた想花さんが、今は売れっ子のモデルさんなんて……。ねえ、撮影のときってどんなことを考えてるの？」
「えぇ？」
　突然の問いに、想花は目を瞬かせた。
「大したことじゃないよ。早く終わってほしいって祈ってる」
「アンニュイなクールビューティーって人気のモデルさんが！」
　そう言いながらも紗櫻都は「想花さんらしい」と笑った。
（小説の構想も進むし、撮影もつまらないばっかじゃないんだけどね）

　翌日、想花は授業で使う参考資料を探すため、もと寝子高教師の永田孝文先生が営む古本屋を訪れた。
　孝文はレジのところで、パイプを燻らせ本を読んでいる。にゃあんと聞こえるから、足元には猫がいるのだろう。
（先生の邪魔をしないように……）
　目的の本を探して、静かに丁寧に、書棚に並ぶ本の背表紙を見ていく。
　モデルの賑やかな現場とは、正反対の静寂。この時間が、想花は好きだ。
（あっ、これだ）
　やっと見つけた本を抜き出し、永田先生の座るカウンターへ。
「お会計、お願いします」と本を置くと、孝文が顔を上げた。
「月原か？」
「先生、お久しぶりです。何の本ですか？」
「ああ、もう何十年も前の時代小説だよ。シリーズまとめて手に入ったのでね。月原は、大学の資料探しか？」
「はい。図書館にもあるんですが、手元に置いておきたくなって」
　そう言うと、孝文は「本好きあるあるだな」と口角を上げた。
「でも気をつけなさい。そういうことを繰り返していると、老後に古本屋をやることになる」
「趣味が高じてってことですね。素晴らしいじゃないですか」
「だが、月原の本業は集めることでも売ることでもなく、書くことだろう？」
「あっ……そうなると、いいんですけど」
　苦笑する想花に、孝文は、「新人賞の作品は進んでるか？」と聞いてきた。
「ぼちぼちです」と答えると、足元の猫を抱き上げ、孝文が言う。
「そうか。俺が健在のうちに頼むぞ」
「なっ……先生はいつまでもお元気でしょう？」
　そう返しながら、想花は孝文の応援に、唇を綻ばせたのだった。

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