もしもの未来の話をしよう｜リアクション

もしもの未来の話をしよう

（ほんとに、よく寝子高を卒業できたものよね）
　木天蓼大学のキャンパスを歩きながら、朝鳥さゆるは嘆息した。
　教授の都合で午後の授業が休みになったため、今はぽっかり時間が空いている。
（といって、店に行くわけにもいかないし。もう家に帰る？）
　欲しい物でもあれば買い物をしてもよかったが、あいにく今日はそんな気分ではない。
　どうしようかと思いつつ、さゆるは足の向くまま、大学を出た。
「じゅんはまだ寝てるかな」
　だとしたら、帰るには早い。
　恋人で同居人の姫木じゅんは昨日……というか今朝、わりと遅い時間まで起きていたから、仕事前に、しっかり眠らせてあげたいのだ。
「若く見えても、年はとってるんだもんね」
　三年前から変わらぬ中学生にも見える容姿。でも、じゅんはもう三十路だ。
「それでもあのキャラを貫いてて、人気もあることが凄いけど」

　寝子高卒業後、さゆるはじゅんの紹介で、彼女の勤め先でもある「プロナード」に勤めている。
　じゅんのようにあどけないかわいさがあるわけでもなく、キャラを作り込めるわけでもない。
　しかしさゆる本来の退廃的な美しさと、同じく退廃的な生活で身についた適度に距離を保ったやりとりが、一部の客にうけた。
　結果、さゆるはダウナー系の嬢としてそこそこの人気を得ている。
（じゅんは「やっぱりさゆるを誘ってよかった」と言っていたっけ）
　よかったと言ってもらえるのは嬉しい。
　三年前、あんなに探した居場所を、じゅんは作ってくれた。恋人という関係。嬢という仕事。

　適当に街を歩く。
　と、一軒のカフェを見つけた。
　ほんわかあたたかなパステルカラーで彩られた、かわいらしい店だ。
　正直、さゆる一人で入るにはかわいすぎる。
　だがなんとなく。本当になんとなく、気が向いた。
「……ここで少し時間を潰すか」
　リースが飾られたドアを開け、中に入る。
　－－すると。

「いらっしゃいませ！　あら、朝鳥さん！」
　迎えてくれたのは、寝子高の家庭科教師である白沢絢子先生だった。
「よく来てくれたわね。奥の席へどうぞ」
　絢子は以前と変わらぬあたたかな笑顔で、さゆるを席へと案内してくれた。
「ここは……？」
「私のお店よ。私、教師を辞めたのよ」
「えっ？」
　さゆるは目を見張った。あんなに楽しそうに先生をしていたのに、と思う。
　そんなさゆるの気持ちがわかったのかもしれない。
「でもここで、みんなの話を聞いているのよ。あの頃と変わらないわ」
　絢子は、眼鏡の奥の瞳を優しげに細めた。
　暗に「あなたの話も聞くわよ？」と言われているようだ。
「コーヒーと、焼き菓子をください。あと、先生にお時間があれば……」
　特に悩みなど自覚しておらず、今の生活に不満があるわけでもないのに、多くのことを話したいと思う。聞いてほしいと思う。
　さゆるは絢子に淡々と近況を伝えた。絢子は笑顔で聞いている。
　それだけで、無意識のうちに胸にたまっていた何かが、溶けていくようだった。

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