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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
題名のない本を綴じる
【本を作ろう】
見つからない。思い出せない。もどかしく苦しく、長いこと胸にわだかまる罪の意識を重たく受け止めてきた。
といって倉前 七瀬がなにか、罪を犯したわけではないのだ。ただどうにも思い出せない一冊があるというだけだ。いつだったか読んだことがあり、それでいて題名や著者名、内容も定かではなく、ただひとつ……覚えているのは、白薔薇の美しい表紙だけ。特徴的ではあれど決定的な手がかりとはならず、今にいたるまでたどりつけずにいる。
茫洋とした記憶の海へ追いやってしまったことに罪悪感を感じるくらいだ、きっと自分にとって、大切な一冊であったように思うのだけれど。忘れてはならない本であったような、七瀬という人格の根幹をなすものであったような、そんな気もするのだけれど。
忘れてしまった。忘れてしまったこと自体が苦しいし、そんな大切な記憶を手放した事実さえいつか忘れてしまいそうで、恐ろしかった。薄情な自分に腹が立った。苦しかった。
（……でも）
彼に話して良かった、と思う。
ウォルター・B。彼が好きだ。含蓄と深みある彼の言葉が、七瀬の奥にこもった鬱屈をほどいてくれた。まだまだこれから、積み上げていけるものだってあるだろう？ そう教えてくれた。そうだ。忘れてしまったのなら、また新しい記憶を積み直せばいい。素敵で楽しく、ずっと残る思い出を。
ウォルターさん。彼が好きだ。恋愛感情、という括りではない……気がしているけれど、自分でも正体はよく分からない。恋なのか愛なのか、友情なのか。いずれにしてもピンと来ないのは、この感情にひとつでも名前をつけたなら、縛られてしまうだろうから。そのように振る舞わねばならない気がしてしまうから。
世の人々のように『好き』を簡単に区分できないのは、七瀬が浮世離れしているがためなのだろうか。けれどそんな七瀬をも、彼は受け入れてくれる。決して否定せず、むしろ七瀬の背を押してくれる。寛容で懐深く、いつだって先に立って導いてくれる。けれどいつか、となりに並び立ちたいとも思う。
「やあ、おはよう倉前。ごめんよぉ、少し遅れちゃったねぇ」
「いえ。僕もいま来たところですよ」
そんな彼が、大好きだ。
好奇心の強いウォルターは、道を歩めば目に入るあれこれへなにかと興味を抱く。
「おっ、倉前、チーズタッカルビだって。美味そうだねぇ」
「韓国料理ですか。へぇ、オープンしたばかりのお店なんですね。今日のお昼はこれにしますか？」
「ああでも、あそこのイタリアンも気になってたんだよねぇ。あ、ラーメンもいいなぁ……おや？ なんだかいい香りが」
「ウォルターさん？」
気分屋で気まぐれな彼は時に、子どもめいて活発に動く。目に付いたキッチンカーへてててと駆けていき、戻ってきたかと思えば両手になにか持っている。
「タコス、買っちゃったよぉ」
「おなか空いてたんですね……」
「倉前も食べるでしょ？ はい、僕のおごり」
有無も言わせずタコスを押し付けられる。カリフォルニア流のフィッシュ・タコスだそうだ。確かに食欲をそそられるサルサの香りが鼻をくすぐる。
いただきます、と言ってかぶりつく。
「んお、おいひい……！」
「でひょ？」
キャットロードのこのあたりはキッチンカーがいくつも集まり客もひっきりなしで、とても座ってゆっくり食べられるスペースなどないから、いささかお行儀が悪くも食べ歩きが文化のようになっていたりする。口をもごもごとやりながら歩き、ふたり笑い合った。
「美味しかったです。ごちそうさま」
「寝子島って案外こういう屋台グルメが充実してて、楽しいよねぇ。お、あれはなんだろ？」
「いや、これ以上はお昼が入らなくなっちゃいますよ……！」
「そうかい？ ははは」
まあひとまずここらにして、そろそろ目的の場所へ向かったほうがよいだろう。ふたり気ままに散策するのも悪くはないが、今日は予定があるのだ。
見つからない本の代わりに、ふたりの思い出を新たな本として綴じるのだ。
「ええと、このあたりだったかと……」
「ああ、あそこじゃない？」
緑の優しい風合いのひさしに、『*note』と白く小さく可愛らしい文字で書かれていた。アスタリスクは小さな星という意味を持ち、『ホシノート』と読むらしい。
自分だけの本を作る。ここはそんな希望をかなえてくれる、新しい形の文具店だ。一見して広くはなく小さな店だが、こじゃれていて素敵な店構えは、ウォルターの好奇心をくすぐったらしい。隠しきれないわくわく顔で七瀬を急かした。
「いいねぇ、いい雰囲気。さ、入ろうかぁ」
「あ、待ってくださいー！」
からら、かららん。小気味よい鐘の音に心躍る。浮かれているのはどうやら、彼ばかりでもないらしい。
見つからない。思い出せない。もどかしく苦しく、長いこと胸にわだかまる罪の意識を重たく受け止めてきた。
といって倉前 七瀬がなにか、罪を犯したわけではないのだ。ただどうにも思い出せない一冊があるというだけだ。いつだったか読んだことがあり、それでいて題名や著者名、内容も定かではなく、ただひとつ……覚えているのは、白薔薇の美しい表紙だけ。特徴的ではあれど決定的な手がかりとはならず、今にいたるまでたどりつけずにいる。
茫洋とした記憶の海へ追いやってしまったことに罪悪感を感じるくらいだ、きっと自分にとって、大切な一冊であったように思うのだけれど。忘れてはならない本であったような、七瀬という人格の根幹をなすものであったような、そんな気もするのだけれど。
忘れてしまった。忘れてしまったこと自体が苦しいし、そんな大切な記憶を手放した事実さえいつか忘れてしまいそうで、恐ろしかった。薄情な自分に腹が立った。苦しかった。
（……でも）
彼に話して良かった、と思う。
ウォルター・B。彼が好きだ。含蓄と深みある彼の言葉が、七瀬の奥にこもった鬱屈をほどいてくれた。まだまだこれから、積み上げていけるものだってあるだろう？ そう教えてくれた。そうだ。忘れてしまったのなら、また新しい記憶を積み直せばいい。素敵で楽しく、ずっと残る思い出を。
ウォルターさん。彼が好きだ。恋愛感情、という括りではない……気がしているけれど、自分でも正体はよく分からない。恋なのか愛なのか、友情なのか。いずれにしてもピンと来ないのは、この感情にひとつでも名前をつけたなら、縛られてしまうだろうから。そのように振る舞わねばならない気がしてしまうから。
世の人々のように『好き』を簡単に区分できないのは、七瀬が浮世離れしているがためなのだろうか。けれどそんな七瀬をも、彼は受け入れてくれる。決して否定せず、むしろ七瀬の背を押してくれる。寛容で懐深く、いつだって先に立って導いてくれる。けれどいつか、となりに並び立ちたいとも思う。
「やあ、おはよう倉前。ごめんよぉ、少し遅れちゃったねぇ」
「いえ。僕もいま来たところですよ」
そんな彼が、大好きだ。
好奇心の強いウォルターは、道を歩めば目に入るあれこれへなにかと興味を抱く。
「おっ、倉前、チーズタッカルビだって。美味そうだねぇ」
「韓国料理ですか。へぇ、オープンしたばかりのお店なんですね。今日のお昼はこれにしますか？」
「ああでも、あそこのイタリアンも気になってたんだよねぇ。あ、ラーメンもいいなぁ……おや？ なんだかいい香りが」
「ウォルターさん？」
気分屋で気まぐれな彼は時に、子どもめいて活発に動く。目に付いたキッチンカーへてててと駆けていき、戻ってきたかと思えば両手になにか持っている。
「タコス、買っちゃったよぉ」
「おなか空いてたんですね……」
「倉前も食べるでしょ？ はい、僕のおごり」
有無も言わせずタコスを押し付けられる。カリフォルニア流のフィッシュ・タコスだそうだ。確かに食欲をそそられるサルサの香りが鼻をくすぐる。
いただきます、と言ってかぶりつく。
「んお、おいひい……！」
「でひょ？」
キャットロードのこのあたりはキッチンカーがいくつも集まり客もひっきりなしで、とても座ってゆっくり食べられるスペースなどないから、いささかお行儀が悪くも食べ歩きが文化のようになっていたりする。口をもごもごとやりながら歩き、ふたり笑い合った。
「美味しかったです。ごちそうさま」
「寝子島って案外こういう屋台グルメが充実してて、楽しいよねぇ。お、あれはなんだろ？」
「いや、これ以上はお昼が入らなくなっちゃいますよ……！」
「そうかい？ ははは」
まあひとまずここらにして、そろそろ目的の場所へ向かったほうがよいだろう。ふたり気ままに散策するのも悪くはないが、今日は予定があるのだ。
見つからない本の代わりに、ふたりの思い出を新たな本として綴じるのだ。
「ええと、このあたりだったかと……」
「ああ、あそこじゃない？」
緑の優しい風合いのひさしに、『*note』と白く小さく可愛らしい文字で書かれていた。アスタリスクは小さな星という意味を持ち、『ホシノート』と読むらしい。
自分だけの本を作る。ここはそんな希望をかなえてくれる、新しい形の文具店だ。一見して広くはなく小さな店だが、こじゃれていて素敵な店構えは、ウォルターの好奇心をくすぐったらしい。隠しきれないわくわく顔で七瀬を急かした。
「いいねぇ、いい雰囲気。さ、入ろうかぁ」
「あ、待ってくださいー！」
からら、かららん。小気味よい鐘の音に心躍る。浮かれているのはどうやら、彼ばかりでもないらしい。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2023年10月13日
- 参加申し込みの期限
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- 2023年10月20日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2023年10月20日 11時00分
