新しき、年の始めに。｜リアクション

新しき、年の始めに。

　久しぶりの制服は、何だかよそよそしい心地がする。たった2週間着なかっただけなのにと、それをおかしく感じながら梓智依子は、首元のリボンをキュッと結んだ。
　刹那、どすん、と足元から腰の辺りに衝撃が走り、ギュッ、としがみつかれる。

「ママー！　あそぼ！」
「もう……楓、今日から幼稚園でしょ。お支度は終わったの？」

　そうして智依子を振り仰ぎ、にっこり笑った娘の姿に、智依子は思わず苦笑を零しつつ確かめた。それに、おわったー！　と元気よく答える楓ににっこりしつつ、ちらりと祖母へ視線を向ければ、にこにこと頷きが返る。
　そう、とそれに微笑んだ。小さな頭を撫でながら、そっと顔を覗き込む。

「凄いわね。それじゃあ、そろそろ行きましょうか？　帰ってきたら一緒に遊ぼう？」
「えぇ～……」

　そうして言い聞かせた智依子に、もう何で遊ぶかの算段まで決めていたらしい楓は、大いに不満そうだった。けれども「約束するから」と小指を立てて見せれば、仕方ないなぁ、とでもいうように小さな小指を絡めてくれる。
　指切りげんまんをして、同居している祖父母にそろって「行ってきます」と挨拶をして、キリリと冷たい冬の空気の中を歩き出した。まず向かうのは、智依子の通う寝子高――ではもちろんなくて、徒歩数分の所にある楓の幼稚園だ。
　仲良く手を繋いで、時にスキップをしたり歌を歌ったり、たった数分の道のりを楽しげに歩く楓を時に窘めて歩けば、10分ほどの道のりになる。辿り着いた頃にはすっかり機嫌も直ったようで、出迎えてくれた先生に「おはようございます！」とピカピカ笑顔で元気に挨拶してくれた。
　それにほっと息を吐き、智依子も先生に頭を下げる。

「今日もよろしくお願いしますね」
「はい、お預かりしますね。楓ちゃん、行ってらっしゃい出来る？」
「ママ、行ってらっしゃーい！」
「楓、行ってくるわねー」

　ぶんぶん大きく手を振る楓に、手を振り返しながら幼稚園を後にして、向かうのは今度こそ寝子高だ。先ほどのやり取りを聞いていなければ、あるいはそもそもの事情を知らなければ『年の離れた妹を幼稚園へ送った姉』に見えるのだろう、幼稚園から制服で出て来た智依子に奇異の目を向ける人は、殆ど居ない。
　ゆえにそのまま今度は寝子高の門をくぐり、通い慣れた1年2組の教室へ。久しぶりの教室では、久しぶりに会うクラスメイト達が常よりも興奮した風で、「おはよー」「久しぶりー」「ねぇねぇ、あのテレビ見た？」などと話していた。
　その中を、まずは自分の席に向かおうとして――ふと、足を止める。席替えもまだなのに、なぜだか、自分の席がどこか判らなくなった。
　そんな智依子に、クラスメイトの1人が声をかけてくる。

「智依子さん、おはよー。どしたの？」
「おはよう。――私の席、どこだったかしらって思っちゃって」
「あははッ、何かわかるー！　こっちだよ」

　クラスメイトに挨拶を返しつつ、そんな不思議な感覚を口にすれば、クラスメイトが破顔した。そうして「こっちこっち」と手招きしてくれるのに、嗚呼そうだった、と苦笑してついて行く。
　2週間ぶりの自分の机は、懐かしくて、何だかやっぱりよそよそしい。そっと撫でて鞄を置いた所に、他のクラスメイト達も声をかけてきた。

「おはよー。あけおめー」
「あけましておめでとうございます」
「今日なにやるんだっけ？」
「始業式と、先生の話でしょ？　まーた校長の長話じゃん、ゲンナリ～」
「ふふっ、確かにあの長話はうんざりするよね」
「やっぱ智依子さんもそう思う？」
「思う思う」

　そんな、他愛のないことを話してクスクス、けらけらと笑い合っているうちに、ああ戻って来た、と実感した。どこに……？　愛すべき日常に。
　始業を知らせるチャイムが鳴って、生徒達がぞろぞろと体育館へ歩き出す。その人混みに交じって智依子も、歩き始めたのだった。

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