携帯戦記カプセルギア　第八話「Re:play」｜リアクション

携帯戦記カプセルギア　第八話「Re:play」

　猫又川沿いにある寝子島総合病院。そこに、プロフェッサーＫである海堂は入院していた。
　運び込まれた当初は意識不明でどうなるかと思われたが、現在は会話ができる程度まで回復し、外傷の予後も心配ない。ただ少し、精神面には不安定さが残っていて、今後は外傷と共に内面のケアも必要だろう――と、病室まで案内するカロデは軽い調子で現状を説明した。
　けれど、見舞いに同行しているギアマスターたちは、海堂の無事を聞いても気の利いた言葉を返せずにいる。
　もちろん、回復傾向にあると聞いて安心はしたけれど……それ以上に、これから彼と対面するという緊張や不安が拭いきれないのだろう。

　　――これでA.I.C.O.は自由だ。

　そんな言葉を口にしてA.I.C.O.の、ひいてはカプセルギアのイメージダウンを行った海堂の考えが、まったくわからない。
　白いうさぎ縫いぐるみのラピちゃんを抱きしめれば、いつだって笑顔になれる曖浜瑠樹の表情でさえ明るくなかった。海堂に聞きたいことだってたくさんあるのに、上手く質問できるだろうか、本当に彼を理解できるだろうかと考えると、和やかな気持ちになることは、とても難しい。
（痛みなんて、ないほうがいいに決まっているよぉ）
　もし、悲しみがあるから幸せを感じられるのだとして、好き好んで苦しむ必要がどこにあるのだろう。
　ただ楽しい毎日を、穏やかに繰り返すことの何がいけないのだろう。
　大好きな友達、大切な家族。たとえ一期一会になるような人であっても、遠くの知らない人であっても……誰だって、悲しい思いはしたくないはずではないのか。
　癒やされるはずのラピちゃんをどれだけ抱きしめても、瑠樹の中にはやるせない気持ちが込み上げて、得体の知れないモノは消えてくれない。
　扱い方のわからない息苦しさに、瑠樹はきゅっと唇を噛みしめた。

　こんな気持ちになるのは、きっと『悪いひと』がいるからだ。
　みんなを笑顔にするために『必要のないもの』があるからに決まっている。

……それなら、ぜんぶ。

「カプギアさん達の敵、この世界から消えてなくなっちゃえばいいのに」
　抑えきれなかった思いが瑠樹の口からこぼれ落ち、桜井ラッセルはその苦々しい呟きに拳を握り混んだ。
（子供にこんな顔させるために出来たんじゃねーだろカプギアはっ！）
　拳を握り堪えるだけでは何も変えられない。でも、悔しさや怒りは前に進む原動力になる。……だけど。
　振り上げ方を間違えれば、もっと悲しみが生まれてしまうものだということも、知らないわけじゃない。
（こんなとき、あいつならどうするかな）
　親友の明るい笑顔を思い出し、この手は何のためにあるのか考える。変えられる勇気があると信じてみる。
　そして誰もが口を噤んでしまう空気の中、すぅっと一呼吸整えたラッセルは、お調子者を演じるように笑って瑠樹の肩を景気よく叩いた。
「このままってワケにはいかねーけどさ、敵だと思ってるヤツにも事情があるかもしれねぇし」
　話くらいは聞いてやろうぜと表札を見るラッセルだって、覚悟が決まっているわけじゃない。海堂がA.I.C.O.に対してどんな想いを持っていたのか薄々勘付いているからこそ、踏み込んでいいものか迷っている。
　手のひらに取り出したカザリューから勇気を分けて貰うかのように見つめ、きゅっと握りしめた。

（でもこのままじゃ……誰も幸せになんねーよな！）

　これが海堂の望んだ結果であるのなら、まだいい。
　もしカザリューが反応を返してくれなくなっても、カプセルギアの生みの親である海堂が良しと言うのであれば、またいつかのように言葉を飲み込んでしまうのだろう。
　だけど、そうじゃない可能性が少しでもあるのなら。言葉を発する事で、何かを少しでも変えられるのなら。
「まずは話を聞こうぜ。敵を見つけ出してぶちのめすためじゃなくて、もう一度カプギアで遊ぶためにさ！」
　それだけで解決できると思うほど楽観主義ではない。だからこそ、ラッセルは笑うのだ。
　深く考えすぎて傷つくことのないように、釣られて笑い小さな先輩たちの肩から力が抜けるように。
　今必要なのは、目の前の壁を叩き壊す拳ではなくて、未来を掴むために広げた手のひらな気がするから。

　次は己の番だと言えるくらい、胸を張る。
　いつかの太陽にはまだ届かなくても、俯きたくなるほど暗い夜道を照らす月には――なれると、信じて。

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