【お正月】３つの世界を巡る魔行列車の旅｜リアクション

【お正月】３つの世界を巡る魔行列車の旅

　アルバイト要員や職員の為に用意された車両でヴィーゼ・ベルンスタインは身支度を整える。
　赤い髪は黒い紐で結び、愛らしいツインテールに仕上げた。胸の谷間がはっきりと見えるメイド風の服は妖艶で、そのミスマッチが彼女の魅力を引き立てていた。
「スカートの丈もいいわね」
　くるりと回ると赤いスカートは広がり、黒いストッキングを止めたガーターベルトの一部が覗いた。
「商品チェックもしないと」
　車内販売用のワゴンに目を向ける。飲み物、食べ物、菓子類から霊界の名物まで幅広く取り揃えていた。
　その目が一点で止まる。眉根を寄せた状態で、これねぇ、と呟きながら雪女が描かれたアイスのカップを取り出した。
　嫌そうな顔で紙製の蓋を開けた。プラスチックのスプーンで表面を小突く。コンクリートに釘を打ち付けるような硬い音がした。艶やかな表面に変化はなく、思わず呆れたような顔付きとなった。
　――現世の車内販売の定番とかで、きなこちゃんに勧められた硬いアイスなんだけど、限度があるでしょ。
　ヴィーゼはアイスを備え付けの棚の隅に置いて車内販売に赴く。
「そこの色っぽい姉ちゃん、『銘酒、霊界閻魔』をくれ」
「わかったわ」
「こっちはサンドイッチだ」
「あたしはチョコレートケーキね」
「暗黒コーヒーを貰おうか」
　方々から注文の声が入る。ヴィーゼは困った顔ひとつしないで手を動かす。更に自身の血を自在に操り、注文の品を次々と渡していく。

「代金はこちらの手にお願いね」
　赤い手が伸びて代金を受け取ると次の車両に移った。
　待ち構えていたかのように注文の声が飛び交う。赤い手が忙しなく伸びる。ワゴンに詰め込まれた商品は見る間に数を減らしていった。
　――そろそろ補充が必要なんだけど、次の停車駅は黄橡（きつるばみ）駅だからもう少し粘らないとダメね。
　ワゴンを押していると列車の速度が落ちてきた。窓に横目をやると膨大な砂が一面に広がっていた。
「そこの眼鏡ちゃん、次の駅で下りるのかしら」
「そのつもりだけど」
　ドアの前にいた月原想花は目を逸らして言った。
「手ぶらは危ないわ。それなりに暑いし、乗り遅れたら大変よ。だから、これを持っていくといいわ」
　ワゴンの上部にあった飲み物のボトルを摘まんで想花に手渡す。
「ありがとう。これで足りる？」
「少し多いくらいよ」
　ヴィーゼは笑いながらウインクして想花の掌から代金を受け取った。
「あと、停車時間は三十分よ」
「わかった」
　魔行列車は音もなく停まった。

　洋風の黄橡（きつるばみ）駅は砂漠に呑み込まれそうな状況下にあった。どこを見ても似たような光景が広がって大気は揺らめいて見える。
　月原想花はボトルをブラブラさせて砂の上をゆく。数歩毎に立ち止まって周囲に目をやった。
「あれは、何だろう？」
　地平線の彼方に校舎のような物が見える。蜃気楼のように不安定で存在が希薄であった。
　想花は眺めていたものの気が乗らないのか。別の方向に目を移す。砂漠にできた風紋に足跡を残すように歩いた。
　砂に埋もれた白い物を見つける。しゃがんで摘まむと三日月のような形をしていた。
「牙なのかな」
　指で回すように弄る。滑らかな表面と荒涼とした砂漠の象徴としてダッフルコートのポケットに収めた。
「何もないところだけど、どうしてかな。惹かれるものがあるんだよね」
　想花はボトルの蓋を開けて液体を喉の奥に流し込む。
　そして茫漠とした砂漠と向き合う。発車時間を迎えるまで安らかな表情で時を過ごした。

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