大晦日が終わり、元日を迎えた。空が白んでも大半の人々は帰らず、目抜き通りは賑やかな声と笑顔で埋め尽くされた。
その頃、
餅々 きなこは霊界の花緑青駅の駅長室にいた。陽気な様子は微塵もなく、革張りのイスに座った状態で手前の机の上をじっと見つめる。
机上には寝子島電鉄・霊界線と記された硬券がずらりと並ぶ。行き先は明記されていない。中央に無限を意味する
∞が印刷されていた。料金の表示部分には
元日限定で無料とあり、全てが同じ内容となっている。
「こんなこと、いままでなかったから、わくわくするね!」
机の細長い引き出しを開けて、ひょいと古めかしい黒電話を取り出した。目の前に置いたきなこは受話器を耳に当てた状態でダイヤルを回す。背面にはケーブルやコードの類いは一切ついていなかった。
四回の呼び出し音で相手が出た。
「えきちょうのきなこだけど」
『こちらは寝子島に派遣された駅員の高田です。現地の幽霊、全員が持ち場について乗客に備えています』
「しごとがはやいね! ちゃんとできそう?」
『任せてください。切符を得た乗客が怖がらないように、しっかりと説明をします』
きなこはにこやかな顔で大きく頷く。帽子が落ちそうになって慌てて片手で押さえた。
「そなえあればうれしくなる、だよね!」
『はい、憂いがないように職務を全うします』
「そうだね! じゃあ、こっちもそろそろはじめるね!」
ガチャンと切って黒電話を引き出しに戻す。きなこは机上の硬券を手の中に集めると駅長室を出ていった。
馴染みの乗客を見かけては挨拶を交わし、一番ホームに向かう。停車していた魔行列車へにっこり微笑むと空を見上げた。
「すてきないちにちのはじまりだよ!」
並々ならぬ意気込みを見せて、きなこは打ち上げ花火のように上昇を始める。
霊界線が一望できる高さまでくると両手を空に突き上げた。解き放たれた硬券は意志を宿したように円状に広がった。
寝子島の旧市街、入り組んだ細い通りを
伊織 紘之助が雪駄で歩く。作務衣にドテラを羽織った格好で白髪交じりの坊主頭を適当に掻いた。
「……元日なのによォ」
営んでいた整骨院は休みにも関わらず、いつも通りに目が覚めた。起きて早々に二度寝を諦めた。併設された道場を頭に思い浮かべる。
気が乗らず、紘之助は時間潰しの散歩に出かけた。
「誰もいやしねぇ」
繁華街と違って通りに人気がない。民家の前を通っても小気味よい包丁の音は聞こえて来なかった。
手持ち無沙汰もあって右手をドテラのポケットに突っ込む。不自然に片方の眉を上げて立ち止まる。
「切符じゃねぇか」
右手に摘まんだ硬券を睨み据える。
――ただの切符じゃねぇな。霊界線とあるが、ついに俺にも最期がきたってことなのか。
硬券を軽く握って踵を返し、最寄りの駅へと走り出す。老人とは思えない速さであった。
――俺のカンだが、くたばった
ヤスオやミツルに会えるような気がするぜ。
「待ってろよ」
目尻に深い皺を刻んだ紘之助は、かっはっは、と笑い声を上げた。
星幽塔、第一階層の城下町は活況に沸いていた。石畳の大通りを引っ切り無しに荷馬車が行き交う。注文した品々にノームやコボルトが群がって大急ぎで店に運び込む。大物は力自慢のサイクロプスが当たり、木箱を両肩に載せた状態で裏口へと回った。
喧騒に紛れて見目麗しいサキュバスが客引きに精を出す。胸の大半が露出したパーティードレスの効果は絶大で、鼻の下を伸ばした男達が次々に店内へ吸い込まれていった。
華やかで賑やかな喧騒は限定的で裏通りには届かなかった。その薄暗い通りに立ち飲みがあった。カウンターは道に面していて気軽に立ち寄れる。その弊害で酔い潰れる者が多く、今も二人組の男性がカウンターに赤ら顔を押し付けて、気持ち悪い、と口々に呟いた。
「この程度で酔うなよなぁ」
右端にいた
タスニム・アルハビールは琥珀色のショットグラスを一気に飲み干す。大きく息を吐いて金色のボサボサの髪を掻き上げた。
「おかわりだぜぇ」
空になったグラスを店主に差し出す。銀縁眼鏡の奥の目が不審なものを見るように細くなる。
「ツケじゃねぇだろうな」
「心配すんなよなぁ。未盗掘のダンジョンでたんまり稼いできたんだぜぇ。グェヘヘ」
下卑た笑いで人差し指と親指で輪を作る。
「支払ってくれるならどんな金でもいいが」
店主は別のショットグラスを差し出した。タスニムは陽気に受け取り、先程と同じように一気に呷る。
その時、目が捉えた。一枚の紙片のような物が舞い落ちる。軽く跳んで掴み取ると顔の前に持ってきた。
「こりゃ、いいねぇ。無料ってのが気に入ったぜ」
そのタイミングに合わせるように甲高い警笛が裏通りに響いた。馴染みのない音もあってタスニムはカウンターに代金を叩きつけると一方へ走り出す。
手の中には寝子島電鉄・霊界線の硬券がしっかりと握られていた。
大晦日を経て寝子島は寝子暦1372年の戌年となりました。
新年を迎えてわくわくする気分は霊界も同じなのでしょう。
元日限定で魔行列車が3つの世界を巡ることになりました。
詳しい内容は下記をご覧ください。
―=今回の舞台=―
3つの世界とは「寝子島、霊界、星幽塔」を指します。魔行列車は元日限定で世界を巡ることになります。
寝子島の各駅の手前に臨時の乗降場所が設けられています。硬券きっぷを所持することで駅名が書かれた案内板が見えるようになります(裏寝子島駅、裏シーサイドタウン駅、裏星ヶ丘駅)。さらに魔行列車への乗車が可能となって独立した世界を巡る日帰り旅行が楽しめます。期間は短く元日のみの運行となっています。
※本シナリオに参加した時点で硬券きっぷを所持した扱いになります。
魔行列車に乗車している間は周囲に感知されず、物体を透過して進むことができるので安心して過ごせます。
―=各駅の特徴=―
・寝子島
寝子電本線に沿って魔行列車は各駅停車(寝子島、シーサイドタウン、星ヶ丘)で走行します。
車体が浮いたり、地下を潜ったりと変化に富んだ走行になります。日常とは違った景色をお楽しみください。
・霊 界
寝子島電鉄・霊界線の魔行列車として各駅停車で走行します。各駅の停車時間は30分の余裕があり、
途中下車で買い物や近場を巡ることができます。以下に駅の周辺の特徴を挙げておきます。
花緑青(はなろくしょう)駅
霊界線、最大の駅で中心地。ほぼ現実と変わらない建物やあやかしで賑わっている。
銀朱(ぎんしゅ)駅
駅の周辺には無数の鳥居が連なる。枝分かれが多く迷い易い。日本古来のあやかしが多いことでも有名。
瑠璃紺(るりこん)駅
空と海が広がる海上線路。空の上や海底にも建物があり、特別な装備がなくても潜ることができる。
黄橡(きつるばみ)駅
砂丘の真ん中に洋風の駅が佇む。地平線の彼方に蜃気楼のように揺らめく、あやかしの学校が見える。
鉄紺(てつこん)駅
暗い洞窟内に駅がある。内部は想像以上に広く、洞窟を活かした家屋や古い遺跡などが数多く存在する。
赤朽葉(あかくちば)駅
花緑青駅に次ぐ現代的な駅。謎多き霊界遊園地や霊界スタジアムがあり、霊界出身の有名人の姿も。
浅縹(あさはなだ)駅
濃い霧に覆われた森の中の駅で、通る度に位置が変わる。景色も変化して運次第で温泉が出現する。
※今回は元日限定もあってPCがアクションで希望すると故人に会うことができます。
魔行列車の車内、または各駅での停車時間を利用して故人の容姿や語り口調等をアクションに綴ってください。
・星幽塔
普段は乗り入れが不可能な星幽塔に立ち寄ります。場所は第一階層、サジタリオ城の城下町の大通りになります。
案内板には城下町駅と書かれています。停車時間は30分となります。
車内販売もしていますが、現地調達が可能です。お土産用として物品を買い求めてもいいでしょう。
町の外に出る時間的な余裕はないと思いますので、乗り遅れにご注意ください。
NPC&Xキャラ
登録済みのNPC、特定のマスターが扱うキャラクター、その場に適していれば誰でも登場が可能です。
今回のシナリオでは銭屋 ポン松が登場します。両替屋として3つの世界の通貨を取り扱っています。
魔行列車に乗車していますので、是非、ご利用ください。
Xイラストのキャラクターを描写する場合、
PCとXキャラの2人を合わせて「1人分」の描写になります。無関係の行動などはお控えください。
※Xキャラだけで1人分の描写とすることも可能です。
その場合は、PCさん自身は描写がなく、Xキャラだけが描写されます。
Xキャラのみの描写をご希望である旨を、アクションにわかるように書いてください。
※Xキャラをご希望の場合は、口調などのキャラ設定をアクションに記載してください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、そのURLだけ書いていただければこちらで対応します。
長くなりましたが説明は以上になります。
今回のシナリオはいろいろな要素を含んでいます。
しんみりしたいPCさんや純粋に観光を楽しみたいPCさんにぴったりです。
立ち寄るところが多くて乗り遅れの危険を孕んでいますが、大丈夫です。
魔行列車は元日の間、3つの世界を巡っています。駅で待っていればそのうちに乗ることができるでしょう。
元日限定の日帰り旅行で心と体を癒してください。
間もなく魔行列車が発車しまーす。ご乗車の方はお早めにー(皆様のご参加、心からお待ちしています)!