【お正月】めでたや初春、猫の島の犬の年｜リアクション

【お正月】めでたや初春、猫の島の犬の年

☆実家でお正月

「……ボイストレーニング行かなきゃ……って、あー？」
　日ごろの習慣というのは恐ろしいもので。
　さいたま市の実家へ帰省していた落合まゆらは、寝正月を決め込むつもりが午前6時に目が覚めてしまいました。
「なんか去年のお正月もこうだった気が……しょうがない、起きるか……」
　体はもう目覚めていて、気が付けばお腹も空いています。
　自室を出て一階に降り、台所に行くと、母に声をかけられました。
「あけおめ。いいところに来たわ、これ居間に運んで」
「あけましておめでとう。相変わらず忙しないんだから」
　そのまま、すでに台所で立ち働いていた母の手伝いをすることになりました。
　母が作ってくれたお節などを運び、指示通りセッティングしました。

「あけましておめでとうございまーす」
　やがて起きてきた父と兄に挨拶をして、新年最初の朝食となりました。
「いただきまーす」
　まゆらは自然と数の子と伊達巻に箸を伸ばします。
　取り皿に山盛りにするのは控えて、口に入れてから新しいものに手を伸ばしたのですが。
「お前、数の子ばっか食うなよ」
　目ざとく兄に突っ込まれてしまいました。
「早い者勝ちだよ、兄貴」
　それを聞くと兄は素早く数の子を取り、皿にのせる間もなく口に入れて次の数の子を掴むのでした。
　負けじと数の子を狙うまゆら。
「あんたたち毎年同じことやってるわね……」
　母親の呆れた声に、兄とまゆらは気まずそうに目をそらし、父は苦笑いするのでした。
　
「まゆら」
　朝食が終わり居間を出ようとすると、父親から声をかけられました。
　封筒を差し出され、お年玉だと気づきました。　
「そうか、まだ今年までは学生だからね。ありがとう、パパリン！」
　喜色満面で封筒を押し頂くまゆらに、父は言いました。
「自分の部屋で開けなさい」
（そうか、社会人の兄貴はもらえないんだ）
　無駄な嫉妬を買いたくないので、ありがたくそのまま部屋に戻ることにしました。
「えっ！？」
　今年はポチ袋じゃないのね……と思いながら中身を確認したら、なんと10万円！　
（去年は２万だったのに、多すぎるんじゃ……？）
　と思いましたが、ここでまゆらは考えを巡らせました。
　今年春に専門学校を出て準大手の声優事務所に所属するとはいえ、仕事は自分でオーディションを受けて勝ち取るのが原則。
（これから人生で一番厳しい局面を過ごすことは間違いなくて）
　多分これは、両親からの精一杯のものだろう。
　そう思うと、涙が出てきました。
「これは大切に使わせてもらうわ」

　感謝の思いを胸に、まゆらは近所の神社へ初詣に向かいました。
　去年より少し多めにお賽銭を入れて。
「声優として成功することを誓います」
　そう宣言したのでした。

　帰宅後、毎年恒例の「埼玉政財界人チャリティ歌謡祭」にチャンネルを合わせました。
「これって、兄貴の勤め先？」
　まゆらの言葉に、両親も見にやってきました。
「兄貴、今回は裸じゃないのね……あっ！」
　社長のバックコーラスで歌う兄のラグビーユニフォームの横縞シャツは、よく見れば肌へのペインティングでした。
　笑い転げるまゆら。
　さらに見覚えのある会長の姿が。
「あっ、お父さんの会社！」
　勤め先の会長の背後で花吹雪……よく見ればシュレッダーにかけられた紙の吹雪を散らせている黒子の背格好は、顔を隠していても既視感があるもので。
　滑った拍子に黒子の顔を覆う布がずれて、一瞬慌てたような父親の顔が。
「かえって目立ってるじゃないの！」
　たまらず爆笑して、正月の一日が終わるのでした。