カマクラの中で｜リアクション

カマクラの中で

　三折部朝衣と住沢遥人は共に休日が重なって本土のデートを満喫した。
　薄暗い帰り道、朝衣は空を見上げた。
「まだ、雪が降っているのね。向こうは青空だったのに」
「春と冬を同時に味わえて得した気分になる」
「まあ、少しは。でも、あまり寒いのは困る。今日は向こうに合わせてあまり着込んでいないからね」
　朝衣は遥人と腕を組み、あったかい、と目を細めて言った。
「アパートに戻ったらホットワインを作るよ。胃に優しいカナッペもいいね。どうかな？」
「最高の言葉しか思い浮かばない」
　朝衣はにかっと笑って親指を立てた。
「それなら近道しないとね」
　薄暗い路地に二人で入ると速足で突き進む。置かれたポリバケツを避けて通り抜けた。
　その先で急に立ち止まる。
「なんでカマクラ？」
「こんな広場があったなんて知らなかったよ」
「長く寝子島にいる、あたしも知らないよ。そんなことってあり得る？」
　二人は視線を合わせて同じように苦笑いで首を傾げた。
　その間、雪は降り続ける。身体に忍び寄る寒さの中、朝衣はカマクラから漏れる明かりに目が離せなくなった。
「遥人、カマクラに入ってみようよ」
「雪くらいは凌げるだろう」
　同意して二人は近くのカマクラへと入っていった。

　四隅に置かれたロウソクが内部を明るく映し出す。丸い畳の中央に置かれた火鉢から小さく爆ぜるような音がした。
「中は明るくて暖かいわ。それに食材や食器もあるんだけど、自分で料理しろって意味なのかな」
「どうだろう。誰かいればわかるんだけど」
　遥人はカマクラの中から外を窺う。人影は見えず、話し声も聞こえて来ない。ゆらゆらと揺れながら雪が音もなく舞い降りる。
　そこに低い音が鳴った。遥人が朝衣を見ると真っ赤な顔で自身の腹部を押さえていた。
「土鍋があるし、鍋物でも作ろうか」
「……ありがとう」
　気恥ずかしさもあって小さな声で返した。
　朝衣はパンプスを脱いで火鉢の側にちょこんと座る。腹が鳴りそうになると即座に腹を押さえた。
　遥人は食材を吟味して鍋の種類を決めていく。用意された出汁の味を確かめて、各種、揃えられた調味料で味を調えていく。
　煮込む順番を決めて次々に食材を入れて煮込み、雑味の原因となる灰汁を手早く掬った。
　最後に味見をして柔らかい表情を浮かべた。
「美味しく食べられると思う。盛り付けはどうする？」
「……大盛で」
　朝衣は正直に答えた。遥人は笑って小鉢によそうと、どうぞ、と手渡した。
　木製の箸を使って早々と食べ始める。
「美味しい。でも、今度はあたしが作るから」
「楽しみだ」
　二人は鍋に舌鼓を打ちながら他愛ない会話を楽しむ。多いと思われた量を平らげ、朝衣はとろんとした目付きになった。よく見ると上体が左右に揺れている。
　遥人は囁くような声で言った。
「眠いなら横になる？　膝枕でもしようか」
「寝たら遥人と話ができないじゃない。せっかくの休日なんだし、そんなもったいないこと、したくない」
「無理はしないで欲しい。これからもずっと一緒なんだし、いくらでも話はできる」
　労わるような目で遥人は語り掛ける。朝衣はその優しさに触れて僅かに涙ぐむ。
「それなら後ろを向いて」
「これでいい？」
「そう、そのままでいて」
　その背中に朝衣は抱き着いた。顎を遥人の肩にそっと載せて胴体に両腕を回す。
「どうしたの、朝衣？」
「なんとなく、こうしていたい」
　遥人は朝衣の腕に掌を当てる。
「……このままでいよう」
　一言、呟いて二人はカマクラの中でゆっくりと愛を育んだ。

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