雨空に想いが重なる｜リアクション

雨空に想いが重なる

　早朝、シーサイドタウンに黒い雨雲が垂れ込める。間もなくして激しい雨に見舞われた。
　アパートにも等しく大粒の雨が降り注ぐ。窓を叩く雨音は大きく、三折部朝衣は重い瞼を開けた。ぼんやりとした目は天井を見たまま隣に腕を伸ばす。温もりが残る僅かな凹みを愛おしく撫でると顔を横に向けた。
　キッチンには同棲相手で婚約者の住沢遥人が朝食の用意を始めていた。
　朝衣は気だるげに枕元を手で探る。掴んだスマートフォンを起動させた。しょぼつく目で時刻を見ると午前六時を迎えようとしていた。
　朝衣は身体を震わせる。掛け布団をそっと持ち上げて苦笑いを浮かべた。薄着にも程がある。タンクトップとショーツ姿に再び身震いを起こした。
　五分程、布団の中でモゾモゾと動いてようやくベッドを離れた。寝癖を気にしながら朝食の用意をしていた遥人に、おはよう、と声を掛けた。
「おはよう。その格好、寒くない？」
「寒いよ。だから熱いシャワーを浴びてくる」
　ウインクをして颯爽と歩き出す。遥人の姿が見えなくなると身を縮めて走った。手早く衣服を脱いで浴室に飛び込んだ。
「早く、早く」
　シャワーを高温にセットしてコックを開ける。頭から浴びて、ひゃあああ！？　と怪鳥のような声を上げた。
「み、み、水が」
　頭から浴びた冷水でまともに声が出せない。最高の温度にして掌に掛けると少し温かくなった。素早く全身に掛けて早々と浴室を出た。
　バスタオルを使って全身を擦る。肌は桜色に染まってようやく落ち着きを取り戻した。
「もう、最悪……」
「どうかした？　大きな声が聞こえたんだけど」
「何でもないわ。おかげで完全に目が覚めたわ」
　朝衣が席に着くと横手からすっと皿が差し出された。こんがりと焼いたトーストは三分割にされていた。上にはスクランブルエッグが塗られ、バジルと黒コショウの香りが食欲を刺激した。
「コーヒーもどうぞ」
「ありがとう」
　朝衣は冷えた身体を温めるようにコーヒーに手を伸ばす。一口にして軽く息を吐いた。
「ちょうどいいアメリカンね」
「ありがとうございます」
　遥人はシェフの顔でにっこりと微笑んだ。
　二人は向かい合って朝食を済ませる。朝衣はコーヒーの最後の一口を飲み干した。目は横手の窓を見た。
「こんな日に仕事って、なんか憂鬱な気分になるわ」
「そうかな。雨に煙る街はいつもと違って幻想的に見えるよ」
「また、そんなこと言って」
　朝衣は笑いながら返した。
　二人は共に出掛ける用意を始めた。ほぼ同時に終わり、揃ってアパートを出た。
　二人は並んで傘を差して歩く。朝衣は雨が降り続く中、周囲に目をやる。
「これが幻想的ねぇ。肌寒いし、濡れたタイルで滑りそうなんだけど」
「もう少し近づいて歩いたら平気だよ」
　遥人は歩きながら身体を寄せてきた。朝衣は子供っぽい笑みで腕に絡み付く。
「こうした方が温かいよ」
「そうだけど、歩き辛いよね？」
「そうでもないわ」
　気分が上向いた朝衣は柔和な顔で言った。
「良い一日になったりして」
　その言葉を待っていたかのように着信音が鳴った。朝衣はスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。隣にいた遥人の目が画面に流れる。
　二人は同時に驚きの声を上げた。周囲の目を忘れ、共に笑顔となって飛び跳ねた。
「望み薄だと思っていたから本当に驚いた」
「偶然だけど、良い一日になったね」
　二人が好んで聴いていたオーストラリア出身のロックバンド。その横浜公演のペアチケットの当選通知であった。

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