カマクラの中で｜リアクション

カマクラの中で

　雪が降る中、朝鳥さゆるは姫木じゅんと手を繋いで通りを歩く。掌から伝わる温かさで次第に想いは募り、二人はシーサイドタウンのマンションへの近道となる路地に入り込む。
　逸る気持ちで通り抜けると辺りが急に暗くなった。夕空は一変して夜空に変わって無数の星を瞬かせた。
　目の前には幾つものカマクラがあり、出入り口のところから光が漏れ出している。
　二人は目に留まったカマクラへ小走りで向かう。
　最初にじゅんが中を覗き込む。
「誰もいないけど、おじゃましまーす」
　物怖じすることなく中へと入った。
　さゆるは周囲に目をやる。管理人どころか、人の姿が皆無であった。
　――ここで突っ立っていても仕方ないわね。
　白い息を吐いてさゆるが後に続いた。
　早々と靴を脱いだじゅんは丸い畳に置かれた火鉢に両手を差し出す。
「炭火だし、すごくあったかいよ」
「隅の方には食材もあるみたいね」
「しかも、調理器具も揃ってるし、使わないのはもったいないよね」
　甘えたような笑みでさゆるを見つめる。それでいて自分からは動かない。
「わかったわ」
　全てを理解したさゆるは火鉢の上に網を置いた。土鍋を載せて用意された出汁を零さないように注ぎ入れる。
　その間、じゅんはカマクラの白くて丸い天井を眺めた。
「これがカマクラなんだね。テレビで観たことはあるけど、初めて入ったよ。この中で食べる鍋は美味しいんだろうなぁ」
「出汁の他に昆布まであるわ。これならじゅんも満足できるかもね」
「聞くだけで胃がキュッとなるね」
　無邪気な笑顔で自身の腹を撫でる。子供っぽい仕草にさゆるの目が、一層、優しくなった。
　手際よく食材を入れてゆく。味の決め手となる物や火の通り難い物を選んで煮立てる。鮮度の良い魚介類は最後に入れて蓋をした。
　じゅんは子犬のように鼻をヒクヒクさせる。
「この匂いがたまらない。お汁もゴクゴク飲めそう」
「慌てると火傷をするわ」
「そこまで子供じゃないしぃ」
　唇を尖らせたじゅんは愛らしく、さゆるの唇が僅かに開く。
「どうかした？」
「なんでもないわ。そろそろ食べられると思う」
　さゆるは土鍋に目を移し、素早く蓋を開けた。白い煙が立ち上り、二人は揃って深呼吸をした。
　各々が小鉢を持ち、具材を入れてゆく。最後に木製の玉杓子でたっぷりと汁を掛けた。
「いっただきまーす」
　じゅんは笑顔で食べ始める。汁を含んだ麩を一口で食べる。その熱さに目を白黒させて口から白い息を吐いた。
「だから最初に言ったのに」
　さゆるは微笑みながら箸で摘まんだ白菜に息を吹き掛け、しっかりと味わうように食べた。
　掬う具材が、ほぼなくなった。余った汁はおひつのご飯を使って雑炊にした。
「食べたねー」
　満足そうな顔のじゅんを見て、さゆるは片付けを始める。
　火鉢が元の状態に戻ると、じゅんは取って置きとばかりに酒瓶を持ち出した。無骨な蕎麦猪口でグイグイ飲んだ。
　酔いが回るのも早く、眠そうな目で上体が揺れ始めた。
「膝枕してー」
　甘えた声で擦り寄るじゅんにさゆるは呆れながらも正座の姿になった。ぽんぽんと太腿を叩くと横向きで倒れ込んだ。
「こうすると、さゆるをすごく近くに感じる」
　じゅんはさゆるの腹部に鼻を押し付けた。その状態で遠慮なく吸って長々と息を吐いた。
「くすぐったいんだけど」
「もう少しぃ」
　押し付けた鼻を振るようにして、ごろりと仰向けになった。
　二人の視線が重なる。四隅のロウソクで暖色に包まれたカマクラの中、さゆるが先に口を開く。
「じゅん……」
「なぁに？」
「……好きよ」
「あたしもさゆるのことが大好きだよ」
　好きを強調して言い返す。じゅんはとろんとした目で笑い、さゆるは静かに目を伏せた。
　二人の頬はゆっくりと暖かい色に染まってゆく。

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