カマクラの中で｜リアクション

カマクラの中で

　朝方から降り始めた雪は午後に入っても変わらず、街を薄っすらと白く染める。
　八神修は歩きながら空を見た。
　――本降りになる前に帰ろう。
　トレンチコートの肩に載った雪を手で払い、十字路を右手に曲がった。
　道路は突然、広場に変わった。白いカマクラが点々と見られ、半円の出入り口から仄かな明かりが漏れ出していた。
　――俺の記憶にない光景だ。神魂の影響だろうか。
　場数を踏んだこともあり、修は冷静な目で判断した。
　その時、えええ！　と驚きの声を聞いた。出所に目を向けると七夜あおいがツインテールを振り乱して後ずさる。
「喫茶店に入って、えええ、なんでカマクラ！？」
「それは驚くかな」
　修はあおいの様子に軽く微笑む。あまり見られない姿とあって少し眺めたあと、ゆっくりと近づいていった。
「あおいも巻き込まれたんだね」
「え、修君も？」
「そうみたいだ」
「なんか不思議な縁があるよね」
　笑うあおいに修も笑みを返した。
「ここで長話は身体を冷やす。せっかくだからカマクラに入ってみる？」
「実はさっきから気になっていて」
　あおいの自然な笑みに修はほっとした顔となった。
　目に付いたカマクラに二人は身を寄せた。

　身を屈めて入ったカマクラの中で修は背筋を伸ばした。やや視線を上げて天井を見やる。
「見た目よりも中は広く感じる。それにロウソクのおかげで明るいし、畳や火鉢まで用意されているね」
「修君、食材もあるよ。鍋や網もある。食器もいろいろあって、なんか凄いね」
「俺達は歓迎されているのかもね」
　修は置かれた品々に目を通す。見つけた網は火鉢の上に置いた。茶葉と水を入れた急須を直に載せる。その横で用意された五平餅を焼いていく。
　その隣に座るあおいは香ばしい匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「いい香り。とても静かで、どこか遠いところを二人で旅している気分になれるね」
「実際、二人で気ままな旅も楽しそうだ。それと寒くない？」
「平気だよ。ワンピースの重ね着だし。それに二人でいるとポカポカするね」
　あおいは視線を下げた。焼ける五平餅を見つつ頬をほんのりと赤く染めた。
　黒く焦げる前に修は平たい串を掴み、個々を丁寧に裏返しにした。その手で急須の蓋を開けて中の状態を確かめる。頃合いと見て二人分の湯呑を用意した。
「長いと思っていた高校生活もあと少しで終わりだな」
「いろんなことがあったよね。だからなのかな。卒業式のことを考えると、少し、悲しい気分になる」
　あおいは寂しそうな横顔で笑った。修の手の動きが止まる。迷うような表情で口を結び、湯呑に緑茶を注ぐ。
「五平餅も焼けたみたいだ。緑茶と一緒にどうぞ」
「ありがとう」
　二人は無言で食べる。適宜、緑茶を啜り、再び五平餅に齧り付いた。
　食べ終わると修は急に立ち上がる。
「マシュマロもあったから串に刺して焼いてみよう」
「私もやるよ。それくらいなら失敗しないと思う」
　火鉢の網を取り去って二人は串に刺したマシュマロを焼いた。お互いの手の甲が触れてどちらともなく恥ずかしそうにして笑った。
　防音効果があるのか。カマクラの中はとても静かだった。隣り合う相手の息遣いが聞こえるような気分になる。
　修とあおいは相手を意識するようにチラリと視線をやる。五回目で目が合った。
　先に話を切り出したのは修だった。
「卒業後は別々の生活があって、そう頻繁には会えないかもしれない」
「……そうだね」
「それでもあおいを寂しい気持ちにはさせない。必ず時間を作るから」
「……ありがとう」
　泣きそうな表情で呟く。修は精一杯の勇気と誠実さを前面に出した表情であおいを見つめる。
　震える心を抑え、一言を告げた。
「俺と恋人として付き合って欲しい」
「もう少し待って貰ってもいい？　とても大切なことだから自分の心と真剣に向き合って決めたいと思う」
「あおいが望むなら」
　修は相手を優しく包み込むような笑みで言った。

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