【剣と覚悟】

　常闇は精神集中の言葉を心の中で呟く。

（汝はヒトなりや？）
　発音するのはラテン語。
　これは自分を変える自己暗示。
　以前は人形になるための暗示だった。
　だが、今は少し違う。
（──我人にあらず。我は人形。空ろなる躯と硝子の目を持つ猛毒なり。されど我、幸を求めん！）
　常闇はナナオという存在を想う。
（きっと、貴方は昔の私……。罪からは逃げることができません。自分を否定せず受け入れる勇気、踏み出す勇気があれば、世界は変わる。私はそれに気が付くことができました。貴方にも、こんなに慕う方が大勢いるのだから……）
　彼女は気配を断つ。
　人形としてではなく、人間としての気配を打ち消す。
　奇襲のチャンスは１度きり。
（殺戮者たる私（かこ）と、人らしく生きることを求める私（みらい）とを併せ持って、殺意を抱かず相手を無力化する最適解を導き出してみせます……）
　彼女はロゼッタから譲り受けたタロットカードを胸に当て、意識を集中させる。
　そして文字通り、見えない闇と同化するのだった。

　通路で隔離化されたことで、敵も味方も連携が取りにくくなったのはやむを得ない。
　そこを上手くフォローし合えるかが鍵となる。
「あんた邪魔だっちゃよ。オラが止めたいのはあんたらじゃねえんだべ」
　鈴野は身体が岩のように硬くなるもれいびと交戦中だ。
　彼もマチェットの所持を断念し、携帯に優れた包丁を持参している。
　殺さないように峰打ちで対処してきたが、流石に目の前のもれいびは硬すぎた。
「でも、あんたの弱点は分かってるべ」
　鈴野はいきなりじゃんけんの掛け声をしだした。
　敵もれいびも何事かと釣られてしまう。
「じゃーんけーん、チョキだべ！」
　鈴野は岩男の眼球に指を突き立てた！
　相手は激痛で岩石化が解除された。
「眼球まで岩に変えたら見えなくなるっちゃもんな。悪ぃけど気絶してもらうべ」
　包丁の峯を敵の頸部を強打し、敵の意識を刈り取った。

「やるなら今しかないねー」
　桜庭は七男の背後に息を潜ませていた。
　御剣と小山内とともに、常に３人で行動していたことが功を奏し、ここまで怪我らしい怪我は負っていない。
　七男の周りには洗脳もれいびが３人。
　七男自身もナイフを拾っており、記憶改竄の危険を有している。
『それじゃ　てはずどおりに』
　小山内は小さく頷くと、ろっこん『アクセラレイトライン』で空間に線を引く。
　まずは袋の中の釘を線に乗せて加速、射出させた！
　七男の護衛もれいびに釘が突き刺さり、注意を小山内に向けることに成功する。
　攻撃を受けた敵が武器を構えて近寄ってくる！
「七男は視界に入れちゃ駄目だよ、いいね？」
「分かってる！」
　小山内を守るように桜庭と御剣が前に出る。
　桜庭はトンファーをボクシングの要領で繰り出し、スウェーや足捌きで素早く回避していく。
　持参した催涙スプレーで怯ませ、彼女お得意の股間への強撃で敵を仕留める。
　御剣は腰に差していた木刀を抜くと、頭の中で鉄撃が上がるイメージを浮かべた。
　瞬間、彼の体は敵の真後ろへ瞬間移動。
　彼は身に付けている物ごと素早く動くことができる『加速』のろっこんの使い手なのだ。
「加速、完了……！」
　敵は何が起きたのかすら理解できないまま、頭にたんこぶを生やして床に寝転んでしまった。
　小山内はろっこん発動と思しき動作をする敵へ釘を射出し、ヘイトを自分へ向けていく。
　そこを桜庭と御剣が後ろから撃破していくのだ。
　３人の見事な連携攻撃は、敵にろっこんを使用させる隙を与えない！
「やはり来たか、円ちゃん。憤怒くんも海ちゃんもいらっしゃい。君たちが一番厄介だと思っていたんだ！」
　七男もナイフを逆手に持ち、じりじりと桜庭と御剣へ接近していく。
（ナナオを怯ませないと！）
　小山内は空間へランダムに線を引いたあと、袋の中へ手を突っ込み釘を線へ放り込んだ。
　線に乗った釘が機関銃さながらの連射を実現すれば、七男に向かって釘の弾幕が放たれる！
　桜庭と御剣は左右の壁に張り付くように退避。
　通路幅ほぼ目一杯に飛んでくる大量の釘！
　けれども、敵もれいびの中に大盾召喚が可能な者がいたらしく、七男に向けられた釘は金属の大盾に遮られてしまう。
「残念だったね！　防御を怠っていると思ったら大間違いだ！」
　しかし、これで七男の足が止まる。しかも彼は桜庭たちしか見据えておらず、次の攻撃モーションへ移行している。
　だから、そこが隙となる。
（一撃で決めてみせます……）
　七男の背後へ、壁を飛び越えて常闇が音もなく現れた！
　常闇は鋼糸を巧みに操り、七男の両手をを絡め取ろうとしたその時だった。
「見付けたぞ、七男！　俺たちの話を聞いてくれ！」
「セブンさん、私たちと対話しませんか？」
　壁を乗り越えてきた霧生と森が大声で叫んだのだ。
　思わず七男は振り返ってしまう。
常闇と七男は目が合ってしまった。
「へぇ、危うく暗殺されるところだったのか。いいねぇ、そういうのも悪くないね！」　
　常闇の妨害は思わず形で失敗してしまった。
　七男のナイフの一閃を、常闇は鋼糸で受けきると奥歯を食いしばった。。
「違います、私は貴方を殺すつもりは、ありません……！」
　常闇は七男の素早い動きに対抗すべく逆手ナイフ２刀流へ移行。
「私は、貴方を止めに来たのですから……！」
「ぼくを止めるだと？」
　彼が振り下ろしたナイフは、常闇の片方のナイフで受け止められる。
「ぼくが止まるのは、この心臓が停止した時だ！」
　七男は常闇から距離を置くと、再び自傷の構えを見せる！
　そこへ青いリボンとチョーカーが、後ろから七男の頬を掠めていく。
　同時に前方から、霧生が指弾で打ち出したベアリング弾が七男の左腕を強かに打ち据える！
　霧生のろっこん『破壊の旋律』は、物の破壊音を聞くことがトリガーとなる。
　先ほどの八神の分解でその条件を満たしている。
　これにより、霧生の身体能力は飛躍的に向上しているのだ。
「本当はあらこめの新井と連携取りたかったが、はぐれちまったから仕方がねぇな。もう一発喰らえ！」
　２発目の指弾が左親指の付け根にヒット！
　七男はナイフを床に落としてしまう。
　常闇もこれに乗じて、右手を鋼糸で絡めて自由を奪う！
「くっ！？　しまった――！」
　怯んでナイフを落とした七男へ向けて、御剣と桜庭が突っ込んでくる。
　先ほどのリボンとチョーカーは合図だったのだ。
　後ろで小山内は敵もれいびの攻撃を一手に受けているが、もとより３人はこうするつもりだった。
　犠牲を覚悟で七男を止めに、２人は全力で駆け出した。
　後ろを振り返らず、御剣は木刀を捨て、担いでいた鞘から白刃を抜き放つ！
「七男、招待ありがとう。お前に殺意を届けにきた！」
「止めてください、御剣さん！　殺してはいけません！」
　森も七男の前に割って入ろうと走り出す。
「俺は今、お前だけを見てお前の事だけを考えている！　だからお前も俺を見ろ！」
　御剣はここに至るまで、絶えず思考していた。
　七男は殺意を望み、菜々緒は死を望んでいる。
　人に殺意を向けるなら、こちらも殺そうとしないと無理だ。
　でも２人の“ナナオ”の言葉だけで２人を殺す為に剣を振るっても、御剣はその刃に何も乗せられないという結論に達した。
　だから、剣術を極めるという目標の為に神魂絡みの事件に巻き込まれて仕方なくとかじゃなく、御剣が自分自身の為に剣を振るい殺す覚悟を決めた。
　七男の言葉にナナオを殺すための、覚悟を。
　七男の視線や構え、肩やつま先の動き、重心移動に間合い、呼吸に気配、精神状態やそこから生まれる思考など、あらゆる情報を拾い、想像し、対応できるよう間合いや構えを調整する御剣。
「ならば、これで！」
　七男は左手で懐からスローインダガーを掴み、周囲へバラ撒くように投げ付けた。
　桜庭と御剣は得物でナイフを弾き、常闇は素早く身を低くして回避する。
　だが森は無防備のまま飛んでくるナイフへ向かって突っ込もうとしていた！
「森、危ねえ！」
　霧生が森の手を引いて躱そうとするが間に合わない！
「よし、間に合った！」
　森の目の前の壁が突如粉砕される！
　ナイフは瓦礫にぶつかり、森への直撃は免れた。
　壁の穴から顔出したのは伊予 祐！
「めんどくせーから、敵ごと壁を蹴破ってきたぜ！」
　彼のろっこんも出力最大まで向上している。
　その後ろから新井と、彼におぶさっている霧切も姿を現した。
「御剣さん、まさか本気で！？」
　常闇が目を見開く。
　今まさに、御剣が七男を斬り伏せようとしていたのだ！
「七男！　お前を、斬る！」
　白刃が七男の胴を捉え、真一文字に走った！