AFTER THE RAIN｜リアクション

AFTER THE RAIN

　降ってるなぁ。
　呉井陽太はマンションの窓から外を眺めた。
　梅雨の時期でもあるまいに、昨日からずっとよく降るものだ。土砂降りで洪水災害という話でもなく、ただ飽きもせずえんえんと、マラソンランナーみたく着実につづいているのだ。緩急こそあれ晴れ間はずっと拝めていない。しかし報道によれば、冬の長雨というのは決してめずらしくないそうだ。
　まーいいかと陽太はパソコンに向き直った。
　根積宏一郎との再会をきっかけとして、陽太はインターネットや文献にあたってDUAL（デュアル）なる存在について調べてみた。
　ひとりの人間がふたつの人格になる、それがDUALだ。もとの人格とは性格が異なり、身体能力すら変化する。温厚な紳士ジキル博士が凶暴な怪物ハイド氏に変身するのに近い。根積の変身はまさしくこれにあたる。
　多重人格というのならけっこうな頻度で類似例が見つかった。もちろんそのほとんどは性格の変貌だ。根積のように超人化するのはさすがに例がないようだが、肉体的にも別人といっていい域に到達した事例も陽太は見つけている。ある人格が別の人格を押さえ込もうとしていたり、記憶を共有できる人格とない人格があるといったものもあった。
　でも、ないんだよな。いくらネットの海をもぐっても。
　ふたりの人間に分裂してしまったという事例は！
　陽太はナターシャ・カンディンスキーを知っている。彼女もDUALだが根積とはパターンが逆だ。元スパイの冷徹なナターシャは、優しいがコンプレックスの塊のようなクリス･高松へと変身する。素手の暗殺術にたけ、ヘアピン一本で大抵の鍵なら開けてしまうようなナターシャが、力も弱く不器用なクリスに変わるのだ。しかしナターシャはクリスの存在を望ましいと考えており、自分は消えてこの体をクリスに譲り渡したいとすら一時は漏らしていたほどだ。
　……なのに。
　現在、ナターシャとクリスが、顔こそそっくりだが別個の肉体をもって寝子島に同時存在しているという。この事実をハロウィン☆デイズの夜に陽太はナターシャから打ち明けられた。
　神魂――この島のもつ力の影響なのかな。
　ナターシャともクリスとも陽太は親しい。双方に存在してほしいと思っていた自分としては望ましい展開だった。
　でも、めでたしめでたしではないみたいなんだよね。
　ハロウィンのとき、
「最近、私とクリスは分裂したらしい。ふたりの人間に」
　と打ち明けたのち、ナターシャは気になる言葉も言いくわえていた。
「以来、私はわずかだが、体が希薄になったように感じている。体重などは変化がない。気持ちの問題かもしれないが」
　肉体を分かち合っていたもうひとつの魂（＝クリス）が出て行ったからでは？　といった回答を陽太はした記憶がある。ありえることだろう。ナターシャも納得した様子だったので、その日はそれきりとなったのだった。
　だけど単純に割り切ってよかったのかなぁ。
　解けたと思っていた知恵の輪が、最後の最後でひっかかってしまったような気持ちの悪さを陽太は覚えている。
　やっぱり、クリスさんの話も聞いておこうかな。クリスさんとは長い間話せてないし。
　特に予定もない休日だ。そういうのもいいだろう。会って話をしてみたい。
　スマホを取り出してメールを発信しようとしたところで、『待てよ！？』と陽太は硬直してしまった。
　ふたりになったってことは、ナターシャさんのメアドは知ってても分裂後のクリスさんのメアドはわからないんじゃ？
　うかつだった。
　うわー、どうしよ！？　
　だがすぐに気がついた。起き上がりこぼしの要領だ。陽太の転びかけていた気持ちはヒョッコリと立ち直った。
　クリスさんの職場ならわかってる。『ハローニャック』じゃないか。今日は土曜だしきっと仕事中だ。お店に行けば会えるにちがいない。
　行くのは雨がやんでからにしようかと思ったが、もう一度外を見ても、どうにもこうにも晴れる気配はない。
　おっし。このままだと考えこんじゃいそうだし、ちょっと行ってみよう。
　シーサイドタウンからはハローニャックへの無料送迎バスも出ていたはずだ。