AFTER THE RAIN｜リアクション

AFTER THE RAIN

　あいにくと、とウォルターは先に立って進みつつ言った。
「メアリは留守でね。暗くなるまで帰らない」
　家政婦のメアリがいないせいだろうか、邸内は火が消えたみたいに暗い。けれどウォルターは歩むにつれスイッチをつけ、じゅんじゅんに廊下に明かりを灯していった。
「お出かけですか？」
「うん、買い出しだって。ゆっくりしておいでって言ってある。ところで夕食……」
「夕食？」
「食べて帰るだろ？」
　当たり前のようにウォルターは言うのである。
「えっ、そんな急におしかけたのに」
「メアリも喜ぶよ。ぜひそうしてほしい。僕からもお願いだ」
　ワットにそんな目されたら断れないよ
　それに僕だって、そうしたい。
　うなずいて柚春は言う。
「じゃあ、お茶を淹れたりは僕がやるよ」
　待ってとウォルターは言った。
「せっかく来てくれたのに、稲積に仕事させるわけにはいかないよ」
　けれども柚春は首を振った。
「僕にさせてよ。やりたいんだ」
「いいのかい？」
「もちろん！　それとあとひとつ」柚春は人差し指を立てた。「お願いがあるんだけど、いい？」
「僕にできることならねぇ」
「できるよ。まさか『空を飛んで』なんて言わないから」
「空か」ウォルターは腕組みして足を止めた。しばらく真面目な表情で考え込んでから言う。「やりようによってはできるかもしれないなぁ」
「ワットってば」
　ウォルターには奇想天外なところがある。ひょっとしたら実現してしまえるのではないかとは柚春も思った。
　でもこれはスーパーヒューマンの話ではないのだ。
「そんな難しい話じゃないよっ。今日は僕のこと、学校みたいじゃなくて名前で呼んで、って話。せっかくのふたりきりなんだから」
　なんだ、といささか拍子抜けしたようにウォルターは肩をすくめた。
「それならお安いご用さ」　　
「合間合間に甘い言葉をはさんでくれるとなお嬉しいな」
「愛してるよ柚春」
　いきなり直球！　ロケットみたいに柚春は飛び上がりそうになる。
　ワット、さっき「飛べるかも」みたいなこと言ったけど、先に僕のほうがぶっ飛んじゃいそうだよ！
　柚春の様子を見てなにやら得心したように、
「なるほどこんな感じか。でも、あまり連発すると価値が下がるような気がするなぁ。出し惜しみさせてもらうよ」
　謎めいた笑みを浮かべるウォルターだ。
「だ、出し惜しみしなくていいよ……ワット」
「さぁて、どうしようかなぁ」
　くすくすと無邪気に笑って、「お茶にしようか」とウォルターはかろやかにダイニングへ向かうのだった。