AFTER THE RAIN｜リアクション

AFTER THE RAIN

　もう、回りくどい口実はいらない。
　口実が不要になったことが嬉しい。
　毎回口実を考えるのも、楽しいといえば楽しかったのだけど。
　でも、きっぱりと告げていいんだ。そのほうが十倍いい。
　稲積柚春は迷わず言った。
「遊びに来ました！」
　休日のブラックウッド邸、カントリー・ハウス調の瀟洒な建物だ。呼び鈴を聞いて出てきたのは意外にも、ウォルター・Bその人だった。
　どうしたの急に？　とか、何か約束してたかな？　という言葉はウォルターから出てこない。かわりに歓迎するかのように、
「よく来てくれたねぇ」
　手ずから大きくドアを開けてくれた。
「外、すごい雨だろ？　言ってくれれば車で迎えに行ったのに」
　たしかにひどい雨だった。滝のようとまでは言わずとも、弱い花なら折れてしまうくらいには降っている。もちろん柚春は傘をさしてきたが、斜めに吹き付ける風のせいもあり、道々ずいぶん濡れてしまった。
「いいの」柚春は笑みを見せた。「急にワットに会いくなったから」
　それにねと言いくわえる。
「想う人のことを考えながら、雨に打たれるのもいいものだよ」

　黙ってウォルターは腕（かいな）をひろげる。
　真っ赤な傘が落ちた。風を受け赤い風車みたいに回って転がる。
「かもしれないねぇ」
　濡れるにもかまわず、ウォルターが優しく柚春を抱きしめたのだった。
　ワットの髪、今日は、ほんのりと白檀（びゃくだん）みたいな香りがする。
　ワットにとっては、ハグなんてただのあいさつかもしれないね。英国人だもの。
　でも。
　目を閉じ、彼の背に腕をまわしつつ柚春は思う。
　それ以上の意味だって考えたいな。
　なぜって――。
　柚春の右耳には瑠璃色の小さなピアスがあった。夜空の星粒のように小さいが、燦然と心に残る鮮やかな光沢を放っていた。
　――ワットの左耳には、僕が贈ったピアスがあるから。
　柚春はピアスを右耳にしかしていない。ウォルターは、左だけだ。
　平日の学校では、彼がピアスをしていないことは知っていた。さすがに学びの場ではためらわれるのだろう。
　でも今日は、彼の耳に光っている。ピアスが。
　今日は柚春が来たと知って、急いで身につけてくれたのか。それとも、休日なので当然のように朝からつけていたのだろうか。
　どっちだっていい。
　ワット。
　ワット。
　ワット。
　大好きだよ。
　ワットも同じ気持ちだって、僕、わかってる。
　勢いよく転がっていた傘が、庭先の石に乗り上げてようやく止まった。