AFTER THE RAIN｜リアクション

AFTER THE RAIN

　聞こえてくるのはハローニャックのテーマソング。
　店内ではメリーゴーランドも回っているはずだ。
　着いた。
　ハローニャック正面入口に駆け寄ろうとした陽太は、脇の従業員口から出てきた姿にあっと声を上げる。
「陽太さん」
　クリス･高松だった。ついさっきまで会っていたナターシャと瓜二つ、しかしナターシャとちがって猫背気味だ。
「会いたかった！　えっと、ご無事で……？」
　クリスは私服姿だ。ダッフルコートに安っぽいスカート、ビニール傘をさしている。顔色は冴えないが、少なくとも半透明ではない。
　申し訳なさげにクリスは言ったのである。
「じつは無事じゃないんです。今日、仕事中に倒れてしまって。だから早退しました」
　歩きながら話しませんか？　というクリスの呼びかけに陽太は応じる。足取りを見る限り、クリスはもう体調不良ではないようだ。
　傘を並べてベイエリアを歩いた。海風が吹いてくる。海面も雨に打たれつづけている。
「倒れた、って、いつごろですか」
「少し前。いまはもう元気になったんですけどね」
　詳しく聞いて、まさに自分とナターシャがタクシーに乗っていたタイミングだとわかった。
　やっぱり。
　ナターシャさんの予想は当たっていたんだ。
　いまは、ナターシャさんはきっと、ふたりとも存在できる適切な距離をとってくれているのだろう。その範囲は日々、小さくなっているということだけど。
「原因はナターシャ、私の『姉』が急接近したせいです」
「気づいて……いたんですか」
「自分のことですから」
　クリスはほほえんだ。長いブロンドが風を受けて踊っている。海風をよけるべく、クリスは傘を背負うようにする。
「陽太さんはこのこと、姉に聞いたんですか？」
「はい」
　陽太は一部始終を明かした。といっても、ナターシャが最後に告げた言葉だけは口にしなかった。
「でも、ナターシャさんは確信をもっていなかったようです」
「そうですか。私は分裂するまで、姉つまりナターシャの記憶も、自分つまりクリスの記憶も保持してきました。知識量は私のほうが多いですからね、ありえるかもしれません」
　ナターシャさんとクリスさん、二人が分裂したのは、寝子島にやどる不思議な力が彼女たちの願いに呼応したからだろうか。
　だとしたらこの現象は、それでも一人でいたいという潜在的な意思のあらわれ……なんだろうか。
　やっと姉妹として向き合うことができて、お互いに歩いて行きたい道を見つけたはずなのに。
　――オレは、これからも姉妹としてこの世界で生きていてほしいし、どちらにも消えてほしくないよ。
　それっきり話はとぎれ、陽太とクリスは数分、無言のまま歩いた。
　寝子島本線の高架橋が見えてきたころ、ぽつりとクリスが言った。
「陽太さん。……好きです」
　急なことで陽太は返事ができない。
「私はナターシャとしても、クリスとしてもあなたに接してきました。だから二倍、あなたのことを知っています。私、姉に負けたくない。どんな手段を使ってでも、とは言いません。でも私、あなたのために生きたいんです」
　陽太はクリスを見上げた。
　クリスは、泣いていた。
　正面を向いたまま、陽太に視線を動かすことなく。
「ごめんなさい、私……臆病で、あなたの顔を見ることができない……！」
　言い捨てるとクリスは走り出した。
　風のように走るナターシャとはちがう。つっかえつっかえ、転びそうになりながら走り去った。