fork in the road｜リアクション

fork in the road

　公務員はお気楽稼業だとか、楽な仕事だとか言う人は、実態を知らないし知る気もないのだろうと三折部朝衣は思う。
　あるいはデマゴーグ政治家に踊らされているだけかもしれない。公務員叩きは、集票に直結するサービストークの定番だからだ。
　木っ端役人と揶揄したければすればいい。木っ端微塵になるくらい毎日忙しいことだけは嘘ではないのだから。
　寝子島町役場は仕事でいっぱいだ。動物的インスピレーションのオーナーたる町長とお祭り好きカーニバルピーポーな住民のいる寝子島、毎月のように行政主導で開催される各種イベントの舞台裏には、粉骨砕身の職員がいることを知っていてほしい、たまには思い出してほしいと言いたくもなる朝衣である。でも実際にそんな愚痴はこぼさない。縁の下の力持ちに徹することは、自分はもちろん多くの職員にとっての矜持でもあるから。
　年度末はもちろん、年末もまた役場忙殺のシーズンだ。間断なく仕事のビッグウェーブが襲いかかってくる。
　月曜、思い気持ちで寝床から出て、火曜の時点でもう疲労困憊、まだ水曜日なのかと暗澹たる気持ちで残業の山に挑み、木曜日には立派なゾンビと化している。それでも作業は手抜きしないしできない体質なのだから見上げたものであろう。
　そしてやってきた金曜日、それも残業のない夕方ともなれば別人の気分だ。
　午後六時きっかり、朝衣は役所を出た。
　今日は早く帰りたい一心で、午後までオーバーヒート気味に働いたおかげである。
　――土日は休みだから骨休みができる。
　そう思うと気分も軽い。パンプスに羽が生えたように思える。
　婚約者住沢遥人と同棲しているアパート、狭いながらも海が見えるスイートホームへ帰るべく歩きだしたところでスマホが振動した。
　電話？
　バッグから取り出して発信者名を見る。
　よっしーからだ。
　吉野八重佳からだった。彼女とは、『みおりん』『よっしー』と呼び合う親友の間柄だ。いそいそと受信アイコンを押す。
「いま付き合える？」
　久闊を叙するもそこそこに八重佳は切り出した。深刻な声だ。
　って言っても、財布を落としたとかお腹が痛いって話じゃなさそうね。
　理由は想像がつく。八重佳と最後に話したのはハロウィン☆デイズの夜だった。あのときの話のつづきであろう。
　詳しい話は会ってから聞こう。
「うん」
　短く返事して、朝衣は待ち合わせ場所をたずねた。
　あそこでいい？　と八重佳が指定した場所を聞き、ほんのわずか安堵する。
　明るい店だからだ。たとえ暗い話になったところで、というかまずまちがいなく暗い話になるだろうが、地下室のようなバーで沈み込んでいくよりはずっといい。
「そこなら近いから六時半には行けると思う。遅くとも四十五分かな」
「ありがとみおりん。じゃ、先に行って待ってるから」
「テーブル？　カウンター？」
「カウンターがいいな。おごるよ」
「いいって、私もそろそろよっしーと飲みたいって思ってた時期だから」
「だけど誘ったのあたしだし」
「社会人には冬ボーナスってものがあるの。気をつかいなさんな。じゃあ店で！」
　断言して朝衣は電話を切った。冬のボーナス、言いかえれば冬期賞与、もちろん寝子島町役場職員にも出るのは本当だ。しかし世間相場からすればかなり低いのも事実なのだが、それは言わぬが花というものだ。
　シェフの遥人は仕事中、それも一番忙しい時間帯のはずだ。だけどメールだけは入れておく。
『今晩よっしーと飲みに行くから遅くなるかも』
　送信完了を確認すると、朝衣は来た道を逆にたどっていく。
　そういえばあの店行くのも久しぶりだなあ。