fork in the road｜リアクション

fork in the road

　適度なカフェインと甘みがリラックス効果と、くつろぎの両方を与えている。
「綾辻さんは木天蓼大学の文学部を受けるんだったね」
　珪はあらためて確認した。
「はい。国文学科に願書を提出しました」
　目的もはっきりしている。図書館司書の資格を取ることだ。文学部には司書講習の集中講義があり、毎年多くの司書資格者を輩出しているという。
　綾花は胸の内を明かした。
　実現すれば小さいころからの憧れ、『図書館のお姉さん』への道がひらかれることになるだろう。
　といっても図書館司書への道は容易ではない。そもそもの就職口が少ないうえ、やっと見つけても一年更新の非常勤職員が大半だ。非常勤だと賞与や退職金はない場合がほとんどで、いつ雇い止めを告げられるかもわからない。安定という言葉からは縁遠いところにあるのだった。日本ではとくにその傾向が強い。高い専門知識と能力が必要な仕事なのに、『誰にでもできる仕事』と誤解され軽んじられているからである。権力者の側、政治的決定権を持つ側が、その軽んじる者なのだから始末が悪い。
　それでも、人類の知恵と文化の結晶たる図書を分類し保存し後代に継承するという使命を帯び、司書を目指す者はすくなくない。ただ書籍を整理するのみならず、地域の学習支援者として活躍する司書、ボードゲームやTRPGを子どもに紹介する司書などもいる。たとえ茨の道であろうと目指す価値は十分にある。
　不遇な部分を含めた実態を知ったことで、綾花の憧れの質は変化した。
　漠然とした憧れから職業としての司書の憧れへ。
　さらに綾花には、明確な目標があった。
「寝子島図書館で図書館司書になることです」　
　そのための努力は惜しむまい。寝子島は綾花にとって真の意味の故郷になりつつある。それに、
「寝子島に伝わる伝承や神話にも興味があるから、学んでみたいです」
　と告げたのも本心だった。だから寝子島で就職したい。島に残って学びつづけたい。
「そうか、寝子島図書館の」
　珪はけっして否定しない。「難しいよ。覚悟ある？」などと意地の悪いことも言わない。それどころか、しっかりと彩花の目を見て言ったたのだ。
「応援するよ。これから先も」
「これから先、って」
　はっとして綾花は珪を見た。
「私が大学に合格してからも、っていう意味ですよね？」
　なまじっかな大人なら、言質を取られまいと言葉を取り繕うところだったかもしれない。
　しかし珪にはあてはまらない。うん、と即答した。
「そのつもりだよ」
　天にも昇る気持ちの綾花だが、まさか歓声を上げるわけにもいかず控え目に、
「来年もよろしくお願いします」
　ぺこりと頭を下げた。珪に予告されたのだ。大学に合格さえすれば、学校という狭い枠を離れた新しい関係がはじまる。こんな朗報はない。同時に、こうなったら不合格になるわけにはいかないと気持ちも引き締まった。
「珪先生」
「何かな？」
「寝子島図書館で図書館司書になるってこの夢、私、ずっと胸に秘めていて、まだ誰にも話したことありませんでした」
「とてもいい夢だと思うよ」
「珪先生には最初に伝えたくて」
「勉強をがんばるには動機付けがあったほうがいいからね」
　どうやら珪は、綾花が夢を明かした理由を『自分が聞き手だから』ではなく『受験勉強が大詰めに入ったから』だと解釈したようだ。要は『今日は勉強するために来たので、学習意欲を高めるためあえて夢を明らかにした』ととらえた模様である。
　綾花はすぐに珪のとりちがえを察したが、
　ちがうんです、初めて明かす相手は珪先生だって決めていたからです――。
　とは言い出せず、あいまいにうなずくにとどまった。