fork in the road｜リアクション

fork in the road

　しばらく陽太は猫の背をなでつつ、冱子と世間話をしてすごした。
　あまり込み入った話には立ち入らないものの、冬は野良猫にとっては致命的な季節なので、保護猫活動にも力が入っているという話を冱子に聞いた。譲渡会も回数を増やすという。つまり、それだけ費用が必要といいうことだ。
「話ができてよかった。そろそろ戻るわ。ごゆっくり」
　立ち上がったとき冱子は、本日最初の印象よりずっと活力を取り戻しているように見えた。
「あ……いらっしゃいませ」
　冱子が目尻を下げるのがわかった。来店者があったのだ。陽太も知っている人物だ。思わず陽太もソファから立ってしまい、いつの間にか膝でぬくぬくしていた黒ブチ子猫から抗議の声を受けた。
「根積さん！」
　人々の歓迎を受けるタイプの人間には見えない。背は低く痩せ型、白髪交じりの髪には寝グセ、あきらかにサイズ過剰でしわの寄ったグレーのスーツを着た中年男性だ。外が寒かったせいか赤みがかった顔を表現するに最適な言葉は『貧相』、折れた眼鏡のツルをガムテープで補強しているのもこの印象を助長する。
　けれども彼は陽太が会いたかった人だ。
「やあ鈴木さん。それに呉井さん、ご無沙汰しております……！」
　中年男性、すなわち根積宏一郎は声を詰まらせていた。
　陽太にとっても感慨深いものがあった。根積との再会は五月以来だ。深夜、閉店後の巨大玩具店ハローニャック寝子島店で根積の第二人格マウスと戦い撃退したのが最後だった。その後一度暑中見舞いをもらったこともあり無事は知っていたが、実物を見るまでには半年以上間隔があった。
　マウスは根積のもうひとつの人格だ。ネズミそっくりの頭部、丸太のような腕と脚、鋼のような筋肉をまとい、鉄の棒などやすやすと曲げてしまう怪物的存在だった。常に怒りと破壊衝動に支配されており、出現するや周囲を破壊せずにはいられない。
　マウスは根積と記憶を共有する。しかし根積は、マウスに変身しているときの記憶を持たない。
　だがマウスにも根積と通じているところがあると陽太は思っている。それは、暴れることでしか自己を表現できない我が身を恥じているという部分だった。
　最後の記憶を思い返す。

「オレです！　話を聞いてください！」
　陽太がメリーゴーランドから飛び降りるより先に、マウスは耳をふさいで走り出した。
「……堪忍してください。堪忍してくださいっ！」

　マウスがオレに謝りながら逃げていったとき、とても辛そうで……。
　だから陽太は根積のことが気になっている。同時に不安もあった。
　オレがここにいることに、根積さんはどんな反応するんだろう。
　実を言えば『ねこのしま』に陽太が通っていたのは、快適な時間をすごすこととは別に、根積に会うという目的もあったのだった。彼が何度か来店しているとは聞いていたからだ。
　根積さんだけじゃなくマウスとも向き合あいたいって思うようになって、何度もここへ通ってるわけだけど……どーなんだろ？
　ストーカーだと思われるかな？
　しかし杞憂だったといえよう。根積は両膝をその場につかんばかりにして言ったのだから。
「呉井さん、直接お会いしたいと思っていたんです！」
「根積さん、少し、話をさせてもらっていいですか」
「ぜひとも」
　根積と陽太のやりとりに冱子は驚いたようだが、とくに口に出すことはない。
「外は寒かったでしょう」
　根積を迎え入れ「ご注文は？」と訊ねるにとどまった。
　なぜだろう、陽太は気がついた。
　根積さんに対する鈴木さんは、優しい目をしている。