fork in the road｜リアクション

fork in the road

　へとへとだ。どれだけ歩いたかわからない。
　足を棒にして探したが、真白はついに紅美を見つけることができなかった。
　参ったな、紅ちゃんにあんな身のこなしができるなんて。
　紅美は屋根から飛び降りても平気な様子だった。足の速さも異常だ。まさしく韋駄天、自転車なんて比較にならずバイクのそれに近いものがあった。忍者の扮装をしているのは自分のはずだが、あの紅美のほうがよほど忍者だ。
　たんなる夢遊病だとか多重人格だとか、そんな話ではないと思う。『ろっこん』の一種か。よく似た亜種かもしれない。
　紅美のことは見失った。でも、真白はまだ帰宅するつもりはなかった。
　私は紅ちゃんが何を思っているのか知りたい。
　正確には、ああして夜に出歩いている方の紅ちゃんの、かな。
　つきとめずに帰る気はない。それに紅美が戻る場所ならわかっている。自宅前で待てばいいのだ。
　真白は芋煮邸に戻ってきた。よし、と小さくガッツポーズが出た。
　窓は開いている。つまり紅美はまだ戻っていないということだ。
　何か目的あっての徘徊なのだとしたら現場を押さえたかったけど、こうなったらプランBだよね。
　対戦型カードゲーム『TOS』の戦略を真白は思い出している。選択肢の狭いデッキを構築したったひとつの作戦に固執すると、これが失敗すればたちまちご破算だ。しかしカードのチョイスに幅を持たせ、プランB、あるいはCと次善の策（て）を用意しておけば、たとえ大きくつまずいてもリカバーできる可能性は残る。
　今度こそ窓から目を離さない。釘で打ち付けたみたいにこの場所から動かない。
　決意して真白は待った。
　やがて赤いスカジャン姿が駆けてくるのが見えた。上半身をほとんど動かさず足だけでの疾走、なのに異常に早い。
　待って、って声をかけて止まってくれるかな。望み薄だよね……。
　部屋に帰られてしまえばたぶん終わりだ。紅美はいつもの紅美に戻ってしまい記憶は消えると思う。
　迷っている時間はない。
「紅ちゃん！」
　身を伏せた暗がりから真白は飛び出した。一か八か紅美にタックルして押し倒す。
　猫科の獣のようなうなり声をあげて紅美は倒れた。だが勢いはとまらなかった。ふたりは抱き合うような格好で冷たいアスファルトの上を転がったのだ。じゃりっと音がして真白の頬に痛みが走った。口中に苦い味がする。焦げたような匂いも。擦過傷ができたことだろう。
「こいつっ！」
　紅美が肘打ちしてきた。もちろん目測などできるはずもないから威力は弱い。だが痛くないはずがないではないか。連打を受け真白の意識は遠のきはじめる。
　でも真白は腕を放さない。乱打を浴びてもしがみつく。
　離さない。
　私、紅ちゃんを離さないから！
「紅ちゃん私だよ！」
　真白は大声を出した。芋煮家の両親が起きるかもしれないがそんな懸念をしている間はなかった。
　えっ、と声が聞こえて紅美の抵抗が弱まるのがわかった。
「……真白、なの？」
「うん」
　こんな風になっても紅ちゃんは紅ちゃんだ――真白は気がついた。
　私のこと気づかってくれてる。傷つけてごめん、って表情（かお）してる。
「真白、どうして？」
　乱闘で額も切れたらしい。血が流れ出て真白の左目に入った。
「どうしても」
「それ、こたえになってないよ！」
　だったら、と真白は笑った。
「私、紅ちゃんのことが好きだから。親友以上に思ってるから」