六月三番目の日曜に｜リアクション

六月三番目の日曜に

◆とある主従の一日

星ヶ丘寮玄関の清掃を終えた檜扇唱華に、当直から連絡が入った。
（あらあら、郵便ですか）
休日には共通納品は無いはず。つまり、此方宛てということ。
さて何が届いたのだろうと確認すると、本土のお屋敷――鴉乃宮家から。
宛名は鴉乃宮家執事長となっている。すなわち、唱華の父からである。
中身は手紙と書類封筒。
唱華宛てのものと主人宛てのものがあるので、自分宛てのものを除いてアトリエへ届ける。

「月詠様、鴉乃宮家執事長から手紙と書類が届いております」
主人――旅鴉月詠は、唱華の持ってきたソレらを受け取り、
「御苦労、唱華。下がっていいよ」
それでは失礼致しますと唱華はアトリエを後にする。
一人になったアトリエで、届いたものを確認する。
手紙と書類、それに海外の雑誌の切り抜きと写し。ミリタリー色の強いものばかりである。
まずは書類から確認。
内容は、鴉乃宮家の収支報告。
寝子島で暮らすには支障は全くないのだが、一応。
それから手紙にざっと目を通す。
時候の挨拶など丁寧に書き記されているが、まとめるとその要点は三つ。
一つ目は、現当主である月詠の祖母が、元気にやっているかと聞いていたこと。
二つ目は、資料と雑誌を付けたこと。
３つ目は、娘達をよろしくお願いします、というもの。
執事長とはいえ、やはり人の親。娘が心配なのだろう。それはよくわかる。
だがそれは杞憂というものだ。
「彼女等は優秀な私のメイドだよ」
だから、問題も心配もない。
アトリエの中、他の誰にも聞こえない呟きをぽつり。
最後に、雑誌の写しをパラパラとめくる。
翻訳と意訳文がついていて、こちらで辞書を引いたりせずとも内容はよくわかる。
「流石執事長」
思わず賞賛の声が漏れた。
その中の最新の日付を確認し、
「どうやら、まだ生きているようだね父は」
生存を確かめる。
月詠の父親は、今現在カメラマンとして母親と共に世界中を回っている。
時には戦場、時には都市、時には島国。
今この時も、一体世界のどこに居るのやら。
まさしく"旅鴉"と言うべき有り様。
写真を見るに、現在地はどうもアフリカっぽい。
しかし海外にも拠点はあるし、気まぐれな渡り鳥であるが故に捕まえることは難しい。
写しをしまう時、カレンダーがたまたま目に入る。
そして気付く。
「……今日は父の日だったな」と。

自分宛ての書類を確認する唱華。
それを見て思い出したのは、三ヶ月ごとの定期報告の時期であるということ。
「私本土に活動報告をしませんと」
そんなわけで、部屋で執務にとりかかる。
これまでの活動について日誌を見ながら纏め、そこに感想を加える。
電話やメールを使えばすぐ済むことではあるのだが、
『なんか味気ない』とのことで紙媒体となっている。
味気ないと言っても、これには立派な意味がある。
情報漏洩の畏れ――特に、個人情報や会計報告の――を回避する手段でもあるのだ。
手書きの紙媒体なら、盗聴その他の危機にはさらされない。これって結構重要である。
書類を纏める前に手紙も確認し、返信を作成する。
此方はうまくやっている。
執事長及びメイド長――母ではなく、メイドとしての先輩にあたる方だ――の指導のお陰様で。
鴉乃宮家に従事し、執事・メイドを教育して輩出する檜扇家の指導は伊達ではない。
『ご安心を。月詠様は優秀な主人で御座います。』

『本土の屋敷に帰ってくる事があったら元気にやってると伝えといてくれ』
唱華の出す手紙に、月詠からその一文が付け足された。
「ああそうだ、これも頼むよ唱華」
「月詠様もお手紙ですか？　では一緒に本土行きに投函致します」
月詠が唱華に渡したのは、執事長宛ての絵葉書。
夏の九夜山の景色を水彩で描いたもの。
『いつもご苦労様』との言葉を添えて。
「彼もまた、私の家族だからね」