君と繋がる縁を紡いで｜リアクション

君と繋がる縁を紡いで

　誰も彼も予測できることばかりではない。何事にも余裕をもって行動することは大事なことだ。
　だから出雲大社への参拝も混雑を考えた無理のない時間配分だったし、あまり遠方まで足を伸ばさず縁の地を巡っていたのに。早めに空港へ向かおうと段取りもしていたのに、だ。
「もしかして、帰れない？」
　恐る恐る呟く柚春を安心させたいが、嘘はつけない。帰路を再検索していたウォルターも、万策尽きたと言いたげに溜息を吐いた。
「今夜は、どこかに泊まるしかなさそうだねぇ……」
　雪まじりの雨による視界不良と、事故による渋滞。突然のトラブルに対応できる土地勘も無く、迂回路が思いつかない状態では進める道もなく……結局２人が空港に到着したのは、出発時間を過ぎてからだった。
　乗り損ねてしまった飛行機は19時発の最終便。新幹線どころか寝台列車もとっくに出発している時間だ。
　未成年が夜行バスの利用をするには保護者の同意書が必要だし、そもそもまたこの雨の中を移動するのに、間に合う保証もない。ならば、取れる宿が取れなくなってしまってから動くより、取れる内に行動した方が賢明だろう。
「とにかく、遅くならないうちに宿を取ろう。明日の移動手段はそれから考えるとして……」
　先ほどまで利用していたレンタカーも、なんとか延長して借りられそうだ。これで宿までの移動手段は確保できているとして、問題はその宿。年末の繁忙期、都合良く空いている所なんてそうあるわけがない。
　まあ、山間や高速道路沿線なんかにある、諸々の事情で改装を余儀なくされたような類いのファッションホテルであれば空いているのだろうけど。……さすがにそんな場所を率先して手配するわけにもいかない。
「大丈夫だよね……」
　旅行の計画を立てていた頃には「泊まりでもいいよ」と笑っていた柚春ではあるが、突如慣れぬ地に放り出されたとあっては不安が勝るのだろう。雨まで降って、どう夜を凌げば良いかわからぬ状態ではなおさらだ。
「やるだけやってみるしかないねぇ」
　２人は地図アプリや空港の観光案内を頼りに、手分けしてホテル探しに奔走するのだった。

　そうして何軒か問い合わせて、ようやく抑えられたのは玉造温泉街の旅館だった。
　ちょうどキャンセルがあった所に滑り込んだらしく、なんなら夕食もつけられるとのこと。まさに捨てる神あれば拾う神ありだ。
　ただまあ、突然の話に好条件は続かない。
「一部屋しか取れなかったんだよねぇ」
　起きて半畳寝て一畳。治安の悪いところ、まして野宿なんて羽目になるのなら広い部屋である必要はなく、人数分の寝床があるだけで十分だ。
　一部屋と言ったって、しっかりしているウォルターのことだ。どうせしっかりツインを抑えているとか、和室なら二間に分かれるくらい広いに決まっている。
　期待したり緊張したりしたところで、何も起こりはしないのだから――と柚春も思っていたのだけれど。
　案内されたのは10畳の和室。２畳半ほどの広縁もついているが、部屋を二分する敷居はない。つまり。
　２人で寝泊まりをするには広いくらいだけれど、同じ部屋で眠るということだ。
「えぇっと……ご飯！　楽しみだよね。今日はもう運転しないんだし、ワットは少し飲む？」
　想像よりも近い距離に、柚春は緊張から声が上擦ってしまう。パタパタとお部屋拝見とばかりに動き回り、お茶を淹れようかとか、アメニティ以外に必要な物はないだろうかとか、忙しなく喋っている。
「わぁ、檜のいい香り！　見てみて、露天風呂までついてるっ！」
　さすが、三ツ星や四ツ星の宿泊施設が建ち並ぶ温泉街。小さな浴槽ながら源泉掛け流しな温泉が部屋でも楽しめるなんて。
（１人で入るなら十分広いよね。２人でも……）
　そんなことを考えて、思わず柚春はしゃがみ込んだ。
　これは緊急事態であって、彼が望んだ形での旅行じゃない。朝から運転と歩き通しだった彼を労り休ませることを優先に考えるべきなのに、なんてことを夢想しているのか。
（だから僕は、子供なんだ）
　悔しい。
　ただ舞い上がることしかできなくて、それを痛感させられる。
（でも、お泊まりだよ？）
　アクシデントという不可抗力が理由とはいえ、同じ部屋に宿泊するのだ。もっとこう、ウォルターにだって何か思うことはあるだろう。
　縁結びに御利益がある地で、露天風呂付きなんていう良い旅館で、一緒の部屋で眠るのに。
　こんな状況でも、大人とは冷静沈着でいられるものなんだろうか？
　もっとドキドキさせて振り回したいと思う反面、柚春は考える。ここから先、大人の階段が目の前に現れたとき――本当に、それを登る勇気はあるのだろうかと。

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