Ｊｕｎｏの花嫁｜リアクション

Ｊｕｎｏの花嫁

【ひとときのお嬢様】

（……だるい）
　モデルをやってほしいという要望にこたえて教会にやってきた鳳翔皐月は、メイクルームの椅子に腰かけて、顔をいろいろといじられていた。
　ドレスに興味があったとはいえ、着替えに要する時間よりも、明らかにメイクやヘアセットにかかる時間のほうが長い。
「よし、出来た」
　髪飾りの位置を整えていた月詠が、一歩離れて全体を見回し、ＯＫサインを出した。
　鏡を見るようにうながされて、立ち上がった皐月は驚きのあまり声をもらした。
「……誰だ、これ？」
「ふふっ、どうだろう、気に入ってもらえただろうか」
「うわ、すごいな」
　マーメイドラインの優美なドレスをまとった自分の姿が、別人のように麗しくて、まじまじと鏡を見つめた。
（そういや、正装するのも久しぶりだな）
　軽い居心地の悪さを覚えもするが、これはこれで悪くないような気もして、頬がゆるんだ。
（黙ってりゃ美人ってさんざん言われたもんだけど、我ながらこれはたしかに……ん、待てよ）
　今だけお嬢様ぶって丁寧な口調で話してみたら面白いんじゃないかと、皐月は考え、にやっと笑った。
（おっと、笑顔も上品にな）
　元々育ちが良いこともあり、猫をかぶるのには慣れている。
（ま、キャラじゃねえけど、たまにはな）
「どうもありがとう、あなた。とても気に入ったわ」
　唐突に態度を変えて、皐月は月詠に微笑みかけた。
　素材の良さとあいまって、なかなか堂に入ったお嬢様ぶりだ。

　撮影のパートナーは、皐月の姿を見るなり駆け寄ってきた八十八旗信彦がつとめることとなった。
「こんなに美しい人と式場を歩けるなんて、俺は本当に幸せ者だよ！」
「まあ、ありがとう。嬉しいわ」
　蝶よ花よと持ち上げながらエスコートする信彦と、撮影場所の教会をしおらしい素振りで歩く。
（まあ、これもいい練習か？　本当の結婚式も、いずれ挙げたいよなぁ）
　皐月も、そろそろ結婚を考えだしてもいいような年齢だ。
（ただ、相手がな……。そもそも決まってねえんだけど）
　ドレスをまとい、ブーケを手に教会に立つと、やはり本物の晴れ舞台を夢想してしまう。
（ご縁があって、っていうくらいだから、そういうのってやっぱり縁なのかねえ？）

　カメラの前に立つと、にっこり笑顔を浮かべて、スタッフの要望通りにポーズをとった。
「すごくいいですよ、清楚でリアリティがありますね」
「清楚なだけじゃないよ、この美しさはこの世の宝さ！」
　カメラマンの褒め言葉に対抗して、信彦が一枚撮るたびごとに言葉を重ねるのが面白かった。
（よく回る口だなぁ）
　聞き流したり感心したりしながら、皐月はふふっと笑顔で返す。
「ありがとう。でも少し恥ずかしいわ」
「可憐なつぼみのようなその唇が動くさまを、ずっと眺めていたいよ！　せにょりーた！」

　――撮影が終わると、信彦はパートナーをつとめた女性を食事に誘おうと、控え室の前をうろうろしだした。
　さっさと着替えをすませ、メイクをおとした皐月は、そんな信彦の視界の端を、素知らぬ顔で通り過ぎた。
「ん？　あれ、さっきのレディはどこにいったんだろう？」
　そんな声が聞こえたが、皐月は足を止めずに教会を立ち去った。