銀河は続くよどこまでも｜リアクション

銀河は続くよどこまでも

◆桜井ラッセル

　ラッセルが目を開けると、そこは列車の中でした。
　いつ目を閉じたのか……いいえ、それどころかいつ列車に乗ったのかも覚えていません。
　横たわっていた腰掛けから身を起こして周囲を見渡します。

（寝子電、じゃない、か）

　ほおをつけていた天鵞絨の感触から、そうでないかとは思っていました。だから驚きはあまりないのですが、どういうことでしょう？　混乱もしていません。
　寝子島で暮らして、非日常な出来事が突然起きることに、もう慣れっこになってしまっているのでしょうか。
　そのことよりもラッセルの心を大きく動かしたのは、車窓の外に広がる星空、宇宙でした。

「銀河鉄道って、本当にあったんだな……」

　ラッセルは腰掛けに座り直すと胸から下げたヒヨコのペンダントを指でもてあそびながらあらためて窓の外を眺めました。
　走り続ける列車の車窓の向こうで流れる景色は、紺色と紫色が混ざり合った中に白くたなびく煙のようであり、乳白の川のようでもありました。銀色の光の集まりに見えた遠くの星々は、よくよく見るとほんのり赤い色や緑の色、黄色い色などがあって、しかも大きかったり小さかったり、くっついていたり離れていたりと常に変化していて、ラッセルを飽きさせません。
　まるでいろんな花が咲き誇る、夜の野原のようにも見えます。
　そしてその中の小さな停車場だったり、大きなステーションだったりに列車は停車して、そのたびに列車の降車口からぞろぞろと、老若男女の人影が降車していき、そしてそのうちの何人かは戻ってきて、また乗車してきます。
　そんな人たちの姿を眺めては、ラッセルは、
（さっきの人、すっごい腕が長かったぞ）
とか
（コートの裾から見えてるの、あれシッポか？　ツノもあるみたいだが）
とか思ったりして、心の中でうわあうわあと思うのでした。

　そんなへんてこな人たちが乗り降りする場所ですから、建っている建物もかなり変わっています。
　きっと人の数だけ、星の数だけ、不思議はあるのでしょう。
　それは数限りなく、何千年も昔から今も広がり続けているという宇宙の大きさの分だけ――――

　はてしない銀河の可能性について思いを馳せると、そのうちの１つの星、限られた場所、世界しか知らないことがとてももったいなく思えて、ラッセルはため息をついて窓枠に置いた両手の上に顔を伏せました。

「命が永遠くらい長くないと、知り尽くすことは不可能なんだろうな……」

　そう、ぼやいたときです。
　こつこつと右のほうから歩いてくる足音がしました。
　今度はどんな人かな？　軽い関心からラッセルは片目を開けて目線を上へと上げます。
　するとどうでしょう、窓の向こうをよぎっていったのは晴月でした。

（え？　ちょ！　――晴月！？
　なんで！？）

　思ってもみなかった相手に、頭が真っ白になって、息が止まりました。
　向こうはラッセルに気付いた様子はなく、改札口を目指して歩いていきます。

「……待って！」

　ラッセルはようやく取り戻した呼吸で、必死に呼び止めようとします。
　けれどもどうにか絞り出せた声は小さなかすれ声で……足は止まらず、歩く速度は乱れもせず、晴月は改札口付近の人波へ吸い込まれようとしていました。

　ラッセルは立ち上がり、大急ぎで車両の出口へ走ります。そうして構内へ飛び出したのですが、もう晴月の姿はどこにもありませんでした。
　改札口付近にあるのは、晴月とは似ても似つかない者たちの姿ばかりです。
　その雑踏を見ていると、あれははたして本当に晴月だったのか、見間違いだったのでは、という思いがだんだん強くなってきます。
　ラッセルは大きく息を吐き出しました。

「……はは。だよなあ。
　存在自体が不思議だし、どこにいてもおかしくはねーけど」

　それに、あれが本当に晴月だったとして、何を言えばいいのかもラッセルはわかりませんでした。
　だからこれでよかったのです。
　そうは思ってもがっかりした気分は消えず、ラッセルは後ろ髪を引かれる思いで列車に戻ったのでした。
　