NOW！｜リアクション

NOW！

　更衣室。寛美は通学用のリュックをロッカー代わりの棚に放り込む。
　あらためて上着を手にかけたところで、
「そこ、私の場所なンだけど」
　背後から声をかけられた。振り返って相手を見る。高校生だろう。寛美と同じ年頃の少女だ。
　どこか知らない学校の制服、アッシュカラーというよりは、はっきり緑といったほうがいい染め髪、毛先にソバージュまでかけている。猫目で細眉、ニヤついているようだが眼力（めじから）がある。野球部みたいなエナメルのバッグを担いでいた。背丈は寛美よりやや低い。
　寛美は棚に視線を戻す。
「名札、ついてるように見えねーけど」
「そこがお気に入りって意味だよ。場所あけろや」
「別に構わやしねぇが、頼み方ってのがあるんじゃねーの？」
「頼み方？」
「『シルブプレ』って付けるとか」
「シルバープレートぉ？　なんだそりゃ鉄板か？」
「俺もたいがい頭バカだけどさぁ」嫌味ではなく心底驚いたように寛美は相手を見た。「さすがにそれくらいわかるぞ。『シルバープレート』なら『銀板』ってことになるだろ？」
「んだよテメェ！」雨梨栖芹香は寛美の胸ぐらつかんでいた。顔が赤いのは怒り半分、恥ずかしさ半分といったところのようである。「鉄も銀もどっちも磁石つくし似たようなもんだろーが！　それともアレか、私の頭に鉄板でも入ってるって言いてーのか！」
「……お前と話してると頭悪くなりそうだぜ、ますます」
　寛美は芹香の手首を握った。

　ガタッと大きな音が聞こえたので、驚いて香蓮は更衣室に駆けこんだ。
　何があったのか。
　いや、何があったのかは一目瞭然だが、どういう経緯でこうなったのか。
　更衣室の簀（す）の子の上に芹香が横臥している。一方で寛美は立ち姿勢で、かがんで芹香の右腕を極めていた。芹香は目を見張っている。
「やっば！　香蓮さん！？」
　芹香は寛美に押さえ込まれたことよりも、香蓮に見られたことのほうに驚いている様子だ。
「芹香さんどうしたんです、詠さんも」
「あー、こいつ、いや、この人が襟首つかんできて」
「面目ない、香蓮さん。油断した……」
　寛美と芹香の言葉がかさなった。どうも芹香は、あっさり投げられたことを申し訳なく思っているような口ぶりである。
　芹香を立たせ、香蓮は簡単に事情を聞いた。
　やれやれ、力のありあまっていることで。
　若いということでもある。そのマグマのようなエネルギーをいい方向にもっていくのが香蓮の、いやもっといえば榛耶道場の願いだ。
「これは芹香さんのほうが悪いですね。謝りなさい」
　おだやかに、しかし有無を言わせぬ口調で香蓮は芹香に命じた。
「簡単に投げ返せるつかみ方をして悪かったよ」
「内容がずれてますね」
「……なんつーか、アヤつけてすまなかった。あと、シルバープレート」
　いささかふてくされつつも、ぺこりと芹香は寛美に頭を下げた。
「『シルバープレート』って？」問う香蓮に、
「たぶんフランス語っす」真面目に答えようとしたもののかなわず、寛美は吹き出したのである。
「なんで笑うんだよ？」芹香は片眉を上げた。
「お前意外と素直なんだなぁって思ってさ」
「素直であってたまるか」
　寛美につられたか、芹香もせいせいしたような顔になっている。
「はい、じゃあ仲直りのしるしに握手しましょう」
　香蓮に求められ、「しゃーないな」などと言いながら寛美と芹香は握手をかわした。このとき小声で寛美がささやいた。
「あと、銀は磁石につかねーぞ」
「えっ！　……その話は黙っててくれ、シルバープレート」
　ともかく、と手を離すと芹香は肩を回した。
「詠、ってんだよな？　まだ私は負けたわけじゃねーぞ、つづきは道場でやろう」
「願ってもねー提案だが」寛美は肩をすくめる。「悪ぃな先約が入ってる」