月光染み入る九夜山中、瓦朽ちたる古道場。
ひとり板張りの間に座し黙考す。
吉住 志桜里十八歳。年若かれど免状所有者にして師範代。事実上の経営者でもある。いわばマスターさもなくばマエストロ、独逸語ならばマイスター。
……いや待て女性形だから、ミストレスでマエストラでマイスタリンになるんだっけ?
ま、ひらたく言えば『取締役』ってところかね。零細企業の、だけれども。
志桜里は腕組みしたまま咳払いした。どうも邪念が多くていけない。
邪念雑念まとめて祓(はら)い、清く迎える忘年会――と。
いけないね。まったくもって。
韻を踏んでいる場合ではない。志桜里は頭を悩ませているのだ。といっても道場のやりくりに窮しているわけではなかった。
古武術といっても型(カタ)の美しさを極めたり、精神修養の場としての道場ではないのだ。もちろん志桜里とてそういった武術道場の価値は認めているしいっそ称揚したいくらいだが、お恥ずかしながらと付け加えつつ「ウチのは出自がちがいまして」と申し上げたい。
実戦主体、それもルール無用の殺し合いを制する術が源流だ。もうちょっとお上品にいえばストリートにおける喧嘩殺法の延長なのである。急所攻撃や武器使用も当然、『非力な女性のための護身術』という大義名分を押し出すこともあるが、その『護身』の中身が『鍵を使った目突き』『食事中の相手の効率的な倒し方(箸や割ったグラスを使う)』であったりしてなかなかに過剰防衛チックだ。
かくのごとくハードコアでバーリ・トゥードめいた古武術ゆえ、元不良やレディースまっしぐらのような者たちを門下生にすえるのには向いている道場だった。おかげさまで十分にぎわっている。
ま、それでも稽古後に振舞う食事に道場裏の温泉維持費など、少なからぬ御銭(おあし)はかかってるけどね。
このあたりはGreedy Catsの活動収益から補っているが、志桜里はさしたる問題とはしていない。
道場がかかえている問題、それはマネーの話ではないのだ。
もうひとりほしい。
準師範が。
言い換えればインストラクター。そろそろ門下生も増え指導者が足りなくなってきた。先日もひとりド素人のゆるふわなイメージの女子が、「スポーツ習ってみたくてぇ」とゆるふわっと微笑しながら入門志願したばかりだ。なんでも占いで『スポーツをやるべし』と卦が出たとか。どんな占いなのか。というか古武術はスポーツなのか。
――!
考えるより先に体が動いていた。
両足の爪先を立て左右の腕を大きく振り跳躍、はっしと立って構えとともに反転する。
飛んでくるのは拳か蹴りか。投げに来るなら投げ返す、その気概でとらえた相手というのが、
「お見事、と言いたいところだけどいささか硬いですね」
動きが、と付け加えてくすくす笑う。この道場の師範
雨梨栖 香蓮(あまりす かれん)なのだった。
「志桜里さん、ずばり悩んでいたでしょう」
鋭い……!
さすが師匠と志桜里は唾を飲んだ。
「しかも恋の悩みでしょう」
鋭くない……!
だが相手は師であり三歩下がって影を踏まずの相手である。まっこう否定はせず志桜里は、
「当たるとも遠からずと申しますか、人材を求めたく思っていたのです」
と思いを語った。
「なるほど、たしかに人手不足は深刻ですね」
「とりわけ無手に強い指導者が必要と考えます」
無手すなわち素手(ステ)ゴロである。武器なしで戦う手段だ。師範代にまで歩を進めたもののまだ志桜里の実力は、師範たる香蓮には及ばない。とりわけ無手においては。最前も香蓮の氷のような殺気を感じ反射的に行動したが、本気の香蓮であったら気配を感じたときにはすでに、腕なり首なりを極(き)められていただろう。
「私的なことを申しますと、私には師範(せんせい)のほかに手加減なしで鍛え合える者がほとんどいません」
「ストイックですねえ」
香蓮は苦笑した。『私的なことを』と前置きした志桜里の意思をくみ取ったらしい。
「芹香さんもそれなりにはやりますが、あの子道場にはほとんど来ないし、そもそも単車にかかりっきりだし」
芹香は香蓮の娘である。といっても義理の娘、すなわち夫の連れ子なので『さん』とどこか遠慮がちな呼び方になっている。
つまりこういうことですね、と香蓮は言った。
「志桜里さんは、思いっきりやりあえる好敵手がほしいと」
「そうです」
「恋愛はその次と」
「あ……いや、それは……わかりません」
どうして恋愛話にからめたがるのですか先生は、と志桜里は瞬時思ったが、考えてみれば競い合う相手を切望する気持ちは慕情に似ているのかもしれない。狂おしさという意味で。
時代が違えば辻斬りより他になし、となっていたのかしらね、この鬱憤のはけ口は――。
ため息とともに想いを吐き出す。
◆ ◆ ◆
Yeah Yeah
聞いてくれ今日のstory
図書館(ライブラリ)ぶらり歩くmy glory
知識の泉それはreality
先人の教え、way to wise
まったく素晴らしいhistory
ふとリリックを思いつきスマホに吹きこむ。音声認識ソフトが文字列を起こしてくれた。
悪くない。でも、もうひとひねりしたほうが韻が固(カタ)くなるような気がする。
香蓮と道場で話した翌日放課後、気まぐれに志桜里は図書館を訪れていた。小さい割に大規模店や企業経営者が多く、税収が潤沢な寝子島ゆえか図書館は大きく蔵書も豪勢だ。やはり図書館はいい。ライミングのアイデアになるような本を求め足を踏み入れたというのに、自動ドアをくぐっただけでさっそくインスピレーションを得ることができたのだから。
背筋駆けめぐるそれは電撃、まもなく志桜里はさらなるインスピレーション源にめぐりあっていた。
本ではない。
本を探している人だ。
見覚えがある。かつて手合わせしたこともある。
浅黒い肌にポニーテール、きりっと整った顔立ち、しゃんとした背筋が武道の心得を感じさせる。
彼女は整体の本に興味があるらしい。いろいろ手に取っては書架に戻す作業を繰り返していた。
「
詠 寛美さん。いま、よろしいですか?」
興奮を鎮めることができず志桜里の声はうわずっている。
「ああ、あんたか?」
別にいいけどという寛美、その視界すべてを覆い尽くす勢いで志桜里は彼女の間近に迫って、
「うちの道場に来ましょう。ていうか、来て!」
鼻息荒く言いのける。
「え? なんの話だ?」
「それは……」
説明するのすらもどかしいほどだ。早口で事情を明かす。志桜里の口調から普段の丁寧さははじけ飛んでいる。
「道場に新しい風がほしい、寛美さんなら腕はお墨付き。教わるともなく勝手に学ぶのが流儀だから、ガラじゃないとかは聞かない。ただ遊びに来て、食事と風呂をついでにやってかない? なんて話よ」
今日は休日いま行こう、すぐ行こうと寛美の手を取った。
「ちょ、ちょっと待て急に」
「善は急げ光陰矢のごとし、多少強引でもGoing my wayしなきゃならんときもある。それは」
「それは?」引きずられるようにして志桜里を追いながら寛美が問う。まってましたその合いの手、
「NOW!」
「マジで?」
「
NOW!」
九重山の道場に着くまで、志桜里に足を止める考えはない。
リクエストありがとうございました! 桂木京介です。
大変長らくお待たせしてしました。吉住 志桜里様へのプライベートシナリオをお届けします!
シナリオ概要
九夜山の道場に、新しい血が加わろうとしています。
詠 寛美、進路未定の格闘少女、進路に迷っている彼女を誘って、ハードに手合わせしてがっつり食事したり温泉につかったりしてドープな一日を過ごそうではありませんか。
詠 寛美、Xキャラの雨梨栖 香蓮様はプレイヤーキャラクター同等の扱いでしっかりと描写します。
雨梨栖芹香様、他の門下生(なおガイド中で触れられている新人は『絢美 清子(あやみ・せいこ)』(参照)のNPC扱いで軽く描く予定です。
なお、よければ道場の名前を教えてください(あったほうが書きやすいので)。
どのようなアクションをいただくことになるのか楽しみです。
次はリアクションで会いましょう。桂木京介でした。