NOW！｜リアクション

NOW！

　やはり今日は調子がいい。
　大股で歩いているだけでもう、いまの気分にぴったりのトラックが聞こえてくる気がする。
　といってもせいぜい鼻歌のレベルだが。しかしGreedy Catsの相方DJ Scionがここにいたらこの音を素材に、肉厚なビートを着せ合間に香辛料みたいなキックを挟んで極上のトラックをあつらってくれるのではないか。
　血が騒いでいた。
　吉住志桜里の血が騒いでいた。
　冬は日が傾くのがはやい。いずれ夕刻だ。残りわずかな日照時間を惜しむように早足でゆく。
　右手は詠寛美の手首をがっしりとホールド中、足はもちろん手も大きな志桜里なので、子羊をさらっていく鷲のようでもある。
　図書館をあとにしてロードをゆく。ふと思いつく。このシチュエーション、曲に仕上げたらどうなるかと。せっかくだ脳内ループ中のトラックに乗せてみようじゃないか。　
「Yeah, check it out
　We're hitting the road, leaving the library behind
　So, Let's go !」
「なんだ突然歌いだして？」
　ほぼセリフなのだが言葉のキレがラップのそれなので、寛美にも音楽に聞こえているらしい。
「寛美さん感度いいですね。売人は売りつづけ泥棒は盗みつづけラッパーはラップしつづけるのが世の習（なら）い。ラッパーたる私は日常のほんの些細なことでも、ひとたびインスピレーション湧かばライムに変えるんです。いままさにその状態、どうぞひとつお付き合いください」
　脳内トラックと歩調を一致させ、志桜里は思いつくまま言葉をつむぐ。
「図書館の静寂から解放され
　脳みそフル回転でアスファルト蹴り
　ページのむこうへ突き進む
　知識の海からグルーブ
　パラダイムの壁こえるスキル
　図書館をあとにしロードをゆく
　自由な発想で限界を超えて
　書物の力を胸に秘めて
　目指す先は榛耶（はりや）、hurry up ya
　yeah, We keep it goin' on」
「うおそれなんだ！？」
「手すさびのフリースタイルラップです。お耳汚しでしたら失礼」
「もしかして即興で思いついたのか」
「そうです」
「すげーな、俺ラップとか全然わからねーけどマジ格好いいと思ったぜ！」
「お恥ずかしい」
　正面きって褒められて、いささか頬の熱い志桜里だ。寛美は訊く。
「途中でてきた『ハリヤ』ってのは？」
「ああそれは」
　志桜里は行く手、九夜山の一角をぴたりと指さした。
「いまから私たちが行く場所です。『榛耶（はりや）道場』、見えませんか？　この距離からだとまだ点みたいですが」
「近所ってわけじゃなさそうだな」
　嫌がるかと思いきや、寛美はステップを踏んだのである。
「走ったほうがいいか？」
「おお、乗り気になってくれましたか！」
「ま、面白そーだしよ」
　心配ご無用、と言ってスイカほどの大きさのものを志桜里は寛美に投げ渡した。
　ヘルメットだった。飛行帽に似たゴーグル付きのハーフサイズ。志桜里もフルフェイスのメットをかぶる。
「バイクで来てましてね。あとはタンデムで参りましょう」
　と大型バイクに手を乗せた。怪物みたいなマシンだ。巨大なタイヤに牡鹿を思わせるハンドル、ボディには『AMARYLLIS』のステッカーが貼ってある。
「うわでかっ！　これお前のか？」
「いいえバイクショップの宣伝活動の一環で乗らせてもらってるんです。いわば走る広告塔ですね」
　それでは、と志桜里はバイクにまたがりエンジンをかける。興奮気味の猛獣、あるいは地鳴りのような音が空気を振動させる。「参りましょう」
　いまから行けばちょうど、練習がはじまるあたりに到着できますと志桜里は言った。
「うちは寛美さんでも満足な腕前の子からニュービーまでたくさん。ちょうど稽古中ですし見学していってくださいな」
　そうしようか、と寛美は乗り気だ。
「So, Let's goってやつか」
　わくわくした様子で、ヘルメットのストラップを留めている。
「ええ。Keep it goin' onです！」
　さあ乗って乗ってと志桜里はせかした。
　かくなれば善は急げだ。

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