True Colors｜リアクション

True Colors

　妙にやる気になった姫木じゅんを止める術はない。
　少なくとも、今の朝鳥さゆるには思いつかなかったし、楽しんでいるところ水を差す必要も無いかと説明しなかった。
（あの白昼夢……『ひと』が見ればそう思うのかしら）
　もれいびであるさゆるには寝子島特有の不思議な現象など慣れた物で、目覚めたときにはすぐ神魂か何か、そういう類いの物だと理解できた。だが、普通に暮らすひとにはそういった理解が及ばない者もいる。
　もし皆が皆、異変を異変だと認識していたら、混乱から大きなトラブルが起きただろうし、なんだったら今頃寝子島は封鎖されていてもおかしくはない。
　けれど、意外にもじゅんは順応出来るタイプのひとだったようだ。
「まっさか、このトシになって目覚めちゃうとはね～」
　珍しく和ロリスタイルを選んだじゅんは、五芒星の描かれたレースの扇子を手に猫探しへと興じている。
　この扇子は先日発売された『ビヨスト』の特装版コミックスに付いていた物で、作中のキーアイテムらしい。
　ちなみに、こうして使っている姿はさゆるも初めて見るほど、普段から愛用しているわけでは無い。
（『力が目覚めたかも』なんて言ったときにはびっくりしたけど）
　もしやじゅんも『もれいび』となってしまったのかと思ったが、ただ白昼夢と似た世界観の漫画の話をしていただけだった。
　しかも候補はいくつかあって、今日の気分を加味して選ばれたのがビヨスト。つまり、本気で現実だと思っているのではなく、なんとなく面白そうだから乗っかってみた、くらいの感覚である。
「えーっと、あの目つきは猫よね？　４匹くらい？」
「５匹……だと思う。黄色、黄緑――」
　ちがう。
　どこかでさゆるは、その名前で呼ぶことに違和感を覚えた。
　そうやって当たり障りの無い言い方では無くて、もっとしっかりとした名前があったような気がするのは、なんなのだろう。
　例えば、今目の前にいる猫だってそう。アルビノと呼ばれる色素が薄いものは瞳が赤くなることもあると聞くが、毛並みはとくに白くない。
「これってもしかしたら、猫神様？」
　珍しい瞳の色をだからと、安直すぎただろうか。さゆるは意外と自分が乗り気なことに気づき苦笑する。
　どれどれと瞳を覗きに来たじゅんは、扇子で印らしきものを結んで猫に向かって決めポーズをとった。
　……こういうとき、カメラも持たずラフな服装をしている側は、どんな反応をすればいいのかわからない。とりあえず拍手でもすればいいのかと手を合わせ――何かがぬるりと手を滑った。

　生温かい赤。忘れることの無い、鉄さびの臭い。
　何が起きているのかと確認しようとして、傍らにナイフが落ちているのを見つけた。
　なら近くには、肉塊となってしまった誰かがいるはずだ。
　過去の再現であれば『あいつ』が、覚悟を決めた未来であれば『あいつ』が。
　どちらにせよ、想定外な人物は転がっていないだろう。さゆるは呼吸を整えて、落ち着いて顔をあげる。
「……さゆる」
「じゅん？」
　不可思議な空間に『ひと』である彼女が巻き込まれたなら大変だ。慌てて振り返ると、じゅんはナイフを持って立っていた。腹部の大きく抉られた傷を支えながら、力なく笑っている。
「もうさ、疲れちゃった……だから、一緒に」

　　――しんでよ。

　そう唇は動いたように見えたけど、声が発せられることはなかった。
　ナイフを投げ捨て喉を掻きむしろうとする様は、じゅんが何かと戦っているようにも見える。
（あれは……じゅんじゃない。だけどそこに、じゅんも居るのね）
　どうすれば救えるかなどわからないが、居るのであれば声は届くだろうか。
「あたしは死ねない。例え……じゅんに頼まれたって、死ぬわけにはいかない」
　まるで捨てられた子供のように瞳を揺らすから、さゆるは言葉を止めそうになる。もしじゅんが先に居なくなるのなら、残った世界に未練などないし、そうやって添い遂げる方法も悪くは無いと思う。
　でも。
　死に損ないのように傷つける夜を止めた今だから、自信を持って言える。

「じゅんと生きるの。……じゅんの分まで生きることはあっても、終わらせなんてしないわ」

　刺し違えてもと覚悟を決めることと、命を軽視することは違う。
　大量の血は、いつだって悪夢や死を連想してまとわりついてきたけれど、巡れば活発な生命をイメージさせるエネルギーに満ちた色だ。
　それとも手を取り合った２人に見えるのは、情熱的な愛の赤、だろうか。

　どちらにしても、力強く内側から沸き起こるモノは、簡単に終わりを迎えることは無さそうだ。

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