スクール・コミュニケーション｜リアクション

スクール・コミュニケーション

「そういえば聞いた？　うちのゼミのさ、先輩がさ」
「どうしたの？」
「去年の卒論でやらかしたらしくてね。剽窃ってやつ？　もー丸パクリ。一発でバレちゃって」
「ひどいわね、それ……」
「代行業者使ってたらしいよ。だからもー、今年はそーとーチェック厳しいってさ。しんどいわぁ」
　城山水樹も他人事ではない。向かいに座る彼女は同じゼミに所属する、いわば戦友だ。卒業論文の最終工程へ進みつつある水樹と同様、教授の鋭いチェックにさらされているはずだ。
　木天蓼大学のカフェテリアは喧噪に包まれているが、年下ばかりで顔見知りはあまりない。きっとみな卒論の仕上げに追われているのだ。水樹などはある程度完成の目途が立っており、こうして友人とコーヒーをいただく時間も捻出できたが、要領の悪い者なら悪戦苦闘の真っ最中だろう。
　要領といえば目の前の彼女も、あまり褒められたものではないのだが。
「ああ～。水樹はいいよねえ、もうテーマも決まって書き上げるだけでしょ？　なんだっけ、化粧品広告の……なんたらかんたら」
「『化粧品広告におけるイメージガールの印象が消費者から見た商品イメージに及ぼす効果』。よ」
「そうそれ、いいなぁモデルなんてさぁ～美人は得だよねぇ！」
「あのね……私だって苦労してるんだからね？」
　ぷうと膨らんだ友人の頬を突く。磨けば光ると思うくらいには彼女も整った顔立ちをしているのだが、いかんせん本人にその気がないのが惜しい。
　水樹の卒論はつまり、コスメブランドのモデルという立場を活かしたものだ。得難い体験や知見を活用しない理由はない。
　今日もそんな水樹ならではの切り口で進行中の論文の進捗を、ゼミの指導教員に報告しチェックをもらってきたところだ。結果は上々。細部に渡り鋭い指摘をもらいいささか肝が冷えたものの、感触はそう悪くなかった。このまま進めて問題ないだろう。
　そんなわけで、この後は図書館へでも出向き、有用な資料を探してコピーを取っておこうか、と思ったところでおしゃべりに餓えた友人につかまったのだった。まあ、息抜きもたまには悪くない。
「そうそう、聞いてよ～！　この前彼氏がさぁ、私の知らない女と二人で歩いてやがってさぁ……！」
「え、何それ。浮気？」
「わかんない！　本人はゼミの先輩だって言ってるけど……あーもう、別れてやろうかなぁ！」
「ちょっと、そんな短気を起こさないで。まずはちゃんと話し合ってからでしょう？」
　大学生女子が二名も集まれば、自然と話題は恋バナへも向く。最近聞いた音楽、昨夜のちょっと刺激的なドラマ、それに卒論の話題などはほんのウォーミングアップだ。
　水樹は居住まいを正し、足を組み直す。彼女の何気ない興味がこちらへ向くのは分かっていたので。
「そういえばさ、水樹のほうはどう？　あれからどうなったの？　上手くいってる？」
「……大丈夫だよ。今は少しずつ、修復してるから」
「そっか」
　すれ違い。誤解もあったが、水樹にも非はあった。優しい恋人が水樹を責めることはなかったが、苦しい胸の内にあえいだ。
　とはいえそれも、しばし前のことだ。ぎこちなさは未だ顔を出すこともあるが、次第に薄れてゆくだろう。今に以前の関係を取り戻すはずだ。
　というように語ったら、友人は奇妙なほど長い息を吐いてテラスのテーブルへ突っ伏した。
「良かったぁ～～～。どうなることか～って思っててぇ」
「ああ……本当？　ご、ごめんね。そんなに心配してくれてたとは……」
「ひどいなぁ！？」
　そうか。なるほど、彼女が声をかけてきたのは、あながち暇を持て余したからというばかりでもなかったらしい。不器用な気遣いが胸に染みた。
「あなたの彼とも、分かり合えれば良いわね」
「そうだねぇ。ま、祈ってて」
　卒論も順調。恋も紆余曲折ありながら、きっと順調だ。
　晴れやかな空を見上げ、水樹は少し冷たくなってきた風にも負けじとあたたかい胸に、目を細む。