スクール・コミュニケーション｜リアクション

スクール・コミュニケーション

「よっ、倉前。今日学食？　オレも一緒に行っていい？」
「……よかですけど」
「何食べんの？　もう決めた？　今日はオレが奢ってやるよ。ていうか、奢らせてくれ！」
　倉前七瀬は訝しんだ。
　にこやかな賢持剣吉とは顔見知りだが友人かと問われると首を傾げる。いまいち勉学には身が入らない彼にノートの写しをやったり、代返を頼まれるもそこまでする義理はないしすげなく断り、さりとてそれを恨まれるようなこともなく、からりとして続く適度な付き合いの間柄。そんな程度の距離感である。
　とはいえ、そうしたやりとりももはや何度目だったか、パターンは読めてきた。妙に下手に出た彼の態度は、何か七瀬へ頼みでもあるのだろう。
「いや、奢ってもらうような義理はないですし。気が引けますし」
「そ、そこを何とか！　な？　な！」
　何度かやんわりと断ってみるも、剣吉は頑として諦めない。不毛なやりとりが続き、やがて七瀬のほうが折れた。
「はあ。分かりましたよ。奢ってくれるというなら奢られますよ」
「よっしゃ！　何食う？　何でも言ってくれ！」
　せっかくなので、いつもよりお高めのＣランチを……なんてこともなく、むしろ安価なうどんを選び、テーブルに着いたところで彼はおずおずと切り出したのだった。
「実は、倉前に頼みがあって……」
　そーらきた。気のないフリでうどんをすすりつつ問い返す。
「頼み？」
「ああ！　オレにオススメの本を教えてくれ！」
「…………」
　寸暇の間、思考がストップしてしまった。
　本。本ってなんだ。あああのページを繰って文字を読むやつだ。自分の好きなやつだ、と七瀬はまとまらない頭で考える。本、剣吉、あまりにも結びつかない両者にいささか混乱をきたしてしまったようだ。何しろまったく、読書にふけるようなタイプには見えなかったので。頼みというのもきっと合コンの数合わせに来てくれとか、クラスのかわいい子を紹介してくれとかそんな類だとばかり思っていたのだ。
「本。ですか。よかですよ、任せてください」
「マジか、サンキュー！　助かるぜ！　いやぁ、そーいうの全然詳しくねーからさぁ。困っちまっててよー」
「でも、なんで急に？」
　オススメはと問うからには、読みたい一冊があるというわけではないのだろう。読書家へ転向せんとする理由があってのことだ。齢１９にして己の無教養に気づき焦りを感じたとか、彼が推す芸能人が読書を趣味としておりその見識に寄りそってみたかったとか……まあ入り口は何でもいいだろう。本に触れることが彼の世界を広げ、お調子に乗りやすい軽い性格もいくらかあらためられれば、いくらかそれに振り回される機会も減るだろう。
　などと打算的に考えたわけではないが、七瀬も素直に本好きが増えるのは嬉しい。読書の初心者ならばあの本がよいか、それともあの本がよいだろうか、あれこれ脳裏にタイトルがよぎる。
　剣吉はあらたまって理由を述べた。
「実は、最近よく行くカフェがあって」
「おや。ブックカフェですか？　僕もよく行くお店でしょうかね」
「いや？　フツーの喫茶店だけど。でさ、その店の常連に、すっげー美人の子がいてさ！」
「……うん？」
「その子がいっつも本読んでてさ、何て声かけたもんかなーって思ってたんだけど、そこで閃いたわけ」
「はあ」
「オレも本読んで知的アピールすりゃ、お近づきになれるんじゃね！？　いい作戦だろ？　なあなあ、どう思う！？」
　なるほど。そうきたか。ことさらに肩を落としたりはしないあたり、七瀬はこれでオトナであった。
　まあ、そうだ。入り口は何でもいいのだ。動機はどうあれ、これを機に彼が本に触れ、読書にのめり込むなんてことも無きにしも非ずではないか。
「剣吉は明るくて面白いけん、無理しなくてもいいと思いますけどねえ」
「え、そお？　いやでも、これまでの打率不振がオレを慎重にしてるのさ……」
　合コンの打撃成績なんぞ高くていいことはないと七瀬は思うのだが。そんな輩は大概ロクでもないだろう。
　なるほどそうか。それに比べれば、憧れの彼女と共通の話題を持ちたいなどと考えるのは、いっそ正攻法とは言えまいか。

「ふむ。その子の読んでた本は？」
「え？　いや、なんだろ。刑事がどうとかって書いてたような」
「推理モノが好みとですかね。じゃ、僕がピッタリなのをピックアップするけん、剣吉もちゃんと読むんですよ」
「お、おう！　任せろって、ありがとな！」
　彼らしい朗らかな笑みに、ふと思う。こういうのを、友人同士のやりとりと言うのかも？
　なんだかむずがゆく、それでいてどこか悪い気はしない七瀬だった。

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