GOOD BYE YESTERDAY｜リアクション

GOOD BYE YESTERDAY

「ああ、無料Ｗｉ－Ｆｉのサービスね。そりゃウチもやってるけど」
　正確にはファミレスが使っていたルータをそのまま継続契約して流用しているわけだけど、と言いつつ陣は鍵を開けた。
　メイドはボードゲームを買いにきた客でもトレカの対戦やTRPGセッションをしにきた客でもなさそうだが、だからといって電波ただ乗り禁止ダメゼッタイなどとケチなことは言いたくなかった。
「待っててください。いまＷｉ－Ｆｉの電源入れます。あ、外は電波弱いんでなかでどうぞ」
「入場料とか……」
「必要ないです」
　やはりメイドは客ではなかった。そもそもここが何の店かもわかっていないようだ。
　消え入りそうな声で「すいません」と言ってメイドは店内に入った。
「テーブルのとこの椅子、どこでもいいから座ってください」
「私、コンビニのバイトに応募してて、ひとつ落ちちゃったんでまた応募しようと思って」
　別に聞いてもないのに、メイドは事情を説明しはじめた。
「メイド喫茶のバイトもやってるんです。でも勤め先でコソコソ別のバイトに応じるわけにもいかないんで、あと、応募の時間をかせぐためあらかじめ着替えて出て」
　歳のころは陣と同年代、あるいは少し上で大学生くらいだろうか。別に悪いことをしているわけでもなかろうに、メイドはおどおどしっぱなしだった。前屈みになって丸椅子に座り、両手でスマホをぽちぽちと操作している。
「私の家、Ｗｉ－Ｆｉないんです。だからここ、来てたはずだと思い出して……」
　そんな話はいいからそのコンビニバイトだかの応募に集中したら？　って紅なら言うだろうなぁ。
　陣はぼんやりと思いつつ緑のエプロンを巻き、開店業務をすすめていたが、
「店長さんッ！」
　悲鳴みたいなメイドの声に耳を貫かれすくみ上がった。
「え！？　なに！？」
「店長さん、スマホの操作詳しいですかッ！？」
「もしかして僕のこと？　店長じゃないです。店員です。それにスマートフォンも詳しいというわけでは」
「これ、固まってしまったんですけど、わかりますか！？」
　聞いてねーな。
　やれやれと思うがこちとらサービス業だ。たとえお客ではなくても将来のお客になるかもしれない人相手に冷酷にはなれない。
「見ますよ」
メイドが突きつけたスマホを受け取った。
　かなり古い。縁がガタガタだ。
　しかも画面はひび割れているし背面の塗装にいたっては一部はげてしまっている。
　同じスマホを大事に使っているというよりは、買い換える余裕がないだけのように見えた。
「ああ、これ読み込んでるだけだから、少し待てば動きますよ」
　ほら、と陣が告げたのと、画面に『応募完了』と文字が表示されたのはほぼ同時だった。
　読み込みが遅いのも、相当使い込んだスマホだからだろう。
「ありがとうございました！　じゃあ私、行きます！　遅れそう！」
　メイドはぴょこたんとお辞儀して出口に走り出そうとした。
「待って」
「ひっ！」
　ゾンビに肩をつかまれたような声を彼女が出したので、陣も飛び上がりそうになった。
「……いや、忘れ物なんやけど」
　カバン、と言ってメイドが足もとに置いたナップサックを陣は持ち上げた。
　すいませんすいませんとコメツキバッタみたいにペコペコすると、メイドはナップサックを受け取った。
　このときちらりとメイドの胸元が見えた。名札がついている。『なるこ』と書いてあった。苗字なのか名前なのか。
　恥ずかしさからか急いでいるせいか、またもメイドは流星のように出口に急ぎそこで、入ってこようとした来客と正面衝突しそうになっていた。
　なんつーか、危なっかしいヒトやね――。
　立ちつくし、メイドの背中を見送っているのは陣だけではなかった。
「なんかメイドが出てったんだけど？」
　おなじみのスカジャン姿で、芋煮紅美が不思議そうな顔をしていた。