「やぁ、いらっしゃい」
今日は誰も来ないと思っていたよと内心つぶやき、たるんだ居住まいをいくらか正して文也は来客を迎えた。
女性の一名様。細いシルエット。
紫に近いネイビーのスカートスーツ姿だ。ジャケットはきゅっとウエストが絞ってあり、裾にむかって花開くペプラムが上品だ。長い脚をきわだたせるタイトなスカート、ヒールの高い靴も嫌みがない。仕事のできる社長秘書のようでもあり、若奥様のセミフォーマルなおでかけ風でもあり、いずれにせよ目を惹く装いなのはたしかだった。
「こちらへ」
と席に案内しようとするも女性は、マネキンに変身したかのごとく身を硬直させ文也を見ていた。
「どうして」
言ったきり口ごもる。
そのときにはもう、文也も彼女を認識していた。
誰かと思えば。
まさか、この島で再会するとはね。
さすがに過呼吸になったりはしないが、アイスキャンディーだと思ってかじったものが鉄の棒だったというレベルで驚いたことだけはまちがいない。
こういうときどんな顔をするべきなのだろう、いささか迷った。
正解も不正解もなかろうが、彼女同様にマネキン化するのはよろしくあるまい。マネキン同士のお見合いか。デパートの売り場じゃあるまいし。
そういうときは笑顔だ。アメリカの古い映画で何度か観たあの感じだ。
“Glad to see you again.”(また会えて嬉しいよ)
本当に嬉しく思っていなくても、笑顔でこんな感じのことを言っておけば無難だろうか。
偽り八割だと自覚しながらも、文也はなにげなく、かつさりげなく彼女に告げた。
「ああ、君だったのか。この島に来ているとはね」
とっておきの“Glad to see you again.”な笑顔とともに、
「禮子(れいこ)さん」
彼女の名を呼ぶ。