私は、頑張らなくちゃいけない。
成小 瑛美(なるこ・えいみ)の父親が倒れたのは、一年前の冬のことだった。脳溢血。一命は取り留めたものの言語と歩行に障碍が残り、務めていた製材所は辞めざるを得なかった。
つてを頼って瑛美の母親が地元国会議員事務所の職を得たのもつかのまのことだった。まもなく議員はスキャンダルを苦に自殺してしまったのである。保守分裂選挙の結果、後任者を自認していた第一秘書は落下傘的な新人候補に破れた。
父は失業。母も失業。あっという間に瑛美の大学生活は破綻した。くわえて瑛美には、もう五年も部屋から出てこない引きこもりの弟がいる。
それでも母親は彼女に、大学を中退しろとは言わなかった。いざとなったら持ち家を売っても、と父も言ってくれたのだが瑛美は笑顔で首を振った。
「大丈夫、私、休学して働くから。半年、いや、一年お金を貯めて自力で卒業するから」
私は、頑張らなくちゃいけない。
木天蓼大学に休学届を出した瑛美は以後、昼はメイド喫茶、夜はキャバクラの仕事を始めた。メイド喫茶はアルバイトだがキャバクラは社員だ。前からの保護猫カフェのバイトもつづけたから、トリプルワークということになる。
学費くらいすぐ貯まると瑛美は考えていた。
見通しは甘かった。
仕送りがなくなったので家賃は当然、光熱費食費税金すべて自前なのだ。日々の生活費は冷たい漬物石のようにのしかかってくる。
適度に酔客の相手をしていればいいだけ、そう思っていたキャバ嬢の仕事はハードだった。キャバクラの固定給は高くはなく、指名客やボトルキープ、同伴出勤手当などがつかないとやりくりだけで精一杯なのだ。けれど瑛美に指名がついたことは一度もない。さいわい瑛美の勤める『プロムナード』は貸衣装が豊富なのでドレス費用は節約できたが、メイクや靴には意外なほど出費がかさんだ。いわゆるコミュ力の不足もいやと言うほど思い知らされた。間接照明でムードを高めた部屋で蛍光灯をつけたみたいに、彼女がついたテーブルはすぐにしらけてしまうのだった。当然、お呼びはかからなくなる。存在感は埋没し、ますます初指名は遠のく。
昼間のバイト、メイド喫茶のキャストもミスだらけだった。レジスターの操作はどうしても覚えられず、注文もよくまちがえた。ヒールの高い靴のせいでつまずく回数も少なくなかった。コンタクトレンズをつけ忘れて出勤し、木の柱にお辞儀したこともある。夜の仕事が影響し、つねに睡眠不足で出勤するせいだろうか。
保護猫カフェ『ねこのしま』の仕事だけはなんとかこなせていたものの、店は経営状態が悪く給料の遅配はしばしばだった。けれど瑛美はこの仕事だけは辞めたくなかった。無給を前提に自主的に早出し、やはり無給の譲渡会にもスタッフとして積極的に参加した。
休学してから三ヶ月、スマホで口座を眺めため息をつく。
貯金はできている。でも、目標には届いていない。井戸を目指して掘っているのに、足下にはまだ水たまり程度の水しか湧いていなかった。
私は、頑張らなくちゃいけない。
唇を噛んだ。中退して実家に帰ることだけは嫌だった。いい思い出なんて、生まれ故郷には全然ないから。
早朝ならまだ働ける。繁忙時間帯のコンビニのバイトだ。求人は少なくないし、どれも時給は『ねこのしま』よりずっといい。睡眠時間を削らねばならないがなんとかなるだろう。これまでだって週七日働いてきた。どうせなら、一週間が八日とか十日だったらいいのに。駅前でもらったアルバイト誌を指でなぞる。
私は、頑張らなくちゃいけない。
絶対に、頑張らなくちゃいけない。
でなきゃ私、自分をみじめだと思ってしまうから。
応募先を決めてスマホを取り出して、先月から通信制限をかけていたことを瑛美は思い出した。
無料Wi-Fiのある場所、探さなきゃ。
冬の気配を帯びはじめた旧市街で立ち尽くす。目の前には森繁美術館、右手をずっと行けば警察署。こんなところにWi-Fiスポットなどあるだろうか。わからない。
「ええと」
顔を上げた瑛美は、通行人のなかから見覚えのある顔を見いだした。
前、『ねこのて』で知り合った人だ。たしか、
龍目 豪さんという名前――。
マスターの桂木京介です。
龍目 豪さん、ガイドへのご登場ありがとうございました!
ご参加の際は、このガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。
概要
十一月の日常シナリオです。
ずっと同じような毎日の繰り返しに別れを告げる、新しいことに挑戦する、というテーマを一応想定していますが、表題からイメージできる内容であれば特に制限は設けません。
過去のトラウマと決別する、といった重いテーマもあるでしょう。あるいは「昨日のランチなに食べたっけ? 忘れたなァ」という軽いお話もできると思います。私が担当した近作『寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ!』の後日談もウェルカムです。
NPCについて
制限はありません。ただし相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい。
特定のマスターさんが担当しているNPCの場合、多少の調整が必要ですが、アクションに記していただければ登場できるよう最大限の努力をします。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、泣いて斬られる馬謖など)を書いておいていただけると助かります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(できれば2シナリオ以内でお願いします)。あと、私は記憶力に問題があるので、自分が書いたシナリオでもタイトルとページ数を指定いただけないと内容を思い出せないのでご注意ください(汗)。
それでは次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!