GOOD BYE YESTERDAY｜リアクション

GOOD BYE YESTERDAY

　こうして三人は現代の桃源郷、またの名を常夏のハワイニャンランド行きのバスに乗ったのである。
「おかーをこーえー、いこうよー」
　コトコが口ずさめば、
「くちーぶえー吹きつーつ－」
　桐太が唱和する。
「そらーはすーみー、あおーぞらー」
　杏那もつられて歌ってしまう。なお杏那はちょっと音痴だ。
「まきーばをさーしてー」
　送迎バスというから大層なものを想像していたのだが、実際は十人少々で定員のマイクロバスだった。おまけに乗員はコトコたち三人だけだ。比較的出発時間帯が早かったからだろうか。これは思わず歌も飛び出ようというものである。※。
「うたおー、ほがらにー」「ほがらにー」
「ともに手ーをとり、ランラララ、ララララ」
「ララララあひるさん」
　ここで一発ガアガアとスクリームを決めるべきパートだったが、それを忘れにコトコは驚愕のあまり上がりそうになっていた。
「うあー、ハワイニャンズ、見えてきたれす！！」
　郊外をひた走るバスの行く手に、伏せたお椀のようなドームが見えてきたのだった。極彩色に彩られココナツやフラダンサーの絵も描かれている。いつのまにか道路の両脇にも、椰子の木がならんでいるではないか。

※余談だがこの曲（『ピクニック』)はパブリックドメインなので、安心してフルコーラスで歌詞を書けるのである。

　今日何回、うあーと声をあげたのかわからないくらいだ。コトコはまた心の底から驚嘆の「うあー」を口にした。
　ドームのなかは別天地だった。扉をくぐったとたんハワイにワープした錯覚を覚える。熱帯の湿潤な空気に波の音、ハワイアンスチールギターのうっとりするような音楽、トロピカルドリンクの甘い香りがただよい、フラダンサーがあらわれては消える。腰ミノに花冠を装備した謎のゆるキャラも人間サイズで、のっしのっしと歩いているのだった。
　外との気温差は言うまでもなく、着くなり杏那はベンチコートを脱いで丸めた。
「ひゃー、いきなり真夏っすね。こりゃたまらん。さっさと水着に着替えるっすよ」
「あそこ、こういしつ、ってあるよ」
　桐太はさっそく更衣室を発見し指さした。
「ダッシュっす。このままじゃ茹であがってしまうっすよー」
「まってまってまつれす」
　コトコが注意をうながす。
「おきがえ、みんなでれきるおへやも、あるれすね！　とたにーにだけ、ひとり、さみしーれすもん」
　バタバタと駆け込んだ先は『ご家族様専用』とある個室だ。狭いものの三人そろって着替えができる。小さい子連れの家庭に配慮したスペースらしい。
「とーは、タオルのてるてるさんれ、はやきがえれきるれすお！」
　荷物からコトコはタオルをとりだす。水泳授業でおなじみのマント状タオルだ。ゴムで輪っかが作ってあり、すっぽり首を出して着替えることができる。
「とたにーにはれきるれすか？　そいとも、むいれすかー？」
「ぼくだってもってるもん！」
　なぜか張り合うように言い、桐太も素早くてるてる坊主状態へと変身するのだった。
　さすが小学生早き替えはたちまち完了した。コトコは上手に尻尾も隠している。慣れたものである。

　
「あんなねーね、いくれすー！」
「行くよー」
　慌てたのは杏那だ。
「ちょ、ちょっと！　大人は手間がかかるんすよ。待っててほしいっす～！」
　まだ上着すら脱ぎ終わっておらずバタバタしている。
「でも先、とーたち出るれすお。うーと、かーかが『あんなねーねはレディなんだよ』てゆってたれす。らから、先出るんれす」
「レディファーストか。じゃあ、ことこちゃんが先だね」
　どうぞと桐太はコトコに道を譲った。
「とー、レディ？　せ、たかくないのに？」
「背はかんけいないよ。女の子だもん」
「なら、とたにーにはなんれす？」
「……えーと、ぼくは」
　言いながら桐太は、まだ着替えに四苦八苦している杏那――のほうを見ないよう配慮しながら――たずねた。
「あんなねーちゃん、ことこちゃんがレディならぼくはなんになるの？」
「えー？　あーしバカなんでわかんないっすよ。『ナイスガイ』とかじゃないっすかー？」
　謎が解けた。コトコは手を叩く。
「とたにーに、ナイスガイ！　それがいいれすー」
「そうか、ぼくはナイスガイだったのか」
　ララ歌声合わせよ足並みそろえよ。
　今日は愉快だ。

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